NOVEL

Insomnia Memories vol.10~ダンサー志望のヒロインが挑む大オーディション、狭き門を彼女は自分で扉を押し開くことができるのか?~

「ありがとう」

「ずっと、会いたかったよ」

「僕も…あの時はごめん」

「それは…お互い様だね」

私たちは、そっと身体を離すと急に何だか気分が高揚して荷物を放り出して彼の手を取った。

「踊ろう!アユム!」

「えっ!?僕、踊れない…」

「滅茶苦茶でいいの、私、アユムと踊りたい!」

その場をくるりと回ったり、ステップを踏んだり、星空に手をそっと伸ばしたり、おどけて両手を握りあったり。

その時、バランスが崩れて私たちは初冬の噴水に飛び込んでしまった。

 

 

突然のことに二人してびしょ濡れになりながら、びっくり顔。

しかし次第に大笑いして、互いの頬をそっと挟むと額を付け合わせた。

「ねえ、アユム。変なこと言っていい」

「僕も言っていい?」

 

『今すぐ、キスしたい』

 

噴水がちょうど水を吹き出す時間だったのか立ち昇る水で、私たちの姿を隠した瞬間、私たちはそっと唇を何度も軽く合わせる。互いの唇はとても熱い。

そっとまた顔を見合わせ目を瞑る、言葉なんてもういらなかった。

 

私、貴方にずっと会いたかった。

照にいの心臓とは関係なく、四角い窓の向こうの貴方にずっと手を伸ばしたかったんだ。

 

あーあ、びしょ濡れだーと互いに噴水から出ると水滴で地面に真っ黒い染みが広がっていく。

頭をぐしゃぐしゃと掻きむしりながらアユムはこう私に聞いた

「これからどうしたい?」

私はこう答える

「貴方の…家に行きたい!」

「前よりも散らかってるよ」

「関係ない!」

私は重くなったアウターを脱いで、Tシャツの裾をぎゅーっと絞りながら答えた。

「そして?」

「シャワー浴びたい!」

ふっと間が空いて、アユムがまたこう聞いてきた。

「そして…?」

 

 

ベッドでは沢山愛のしるしを刻まれて、疲れ果てて眠る彼女の顔が見える。

ようやく僕は自分を少しだけ取り戻せた気がする。

ノートを開くと、少しだけ熟考しペンを走らせた。

 

『いつも僕の前には四角い窓があって

やっと重い扉が開いたら

とても寒い世界が広がっていた

生きていく体温を奪っていくみたいに。

僕は普通に

大人にならなくてはと思い込んだ。

まだ、心は四角い窓の部屋の中なのに…

だけどある日突然、あの子がやってきて窓をぶち破った

「おいで!」

手を差し出す陽によく焼けた細い指

太陽みたいな笑顔の彼女の手を取る

僕はその子と外を見たことで

はじめて外が暖かいと感じたんだ

 

僕はずっとその子と逢いたかった

ずっと“ごめんなさい”と伝えたかった

いつのまにか大人になってしまって

まだ普通には届かないかもしれないけど

ただ一つだけ分かるのは

僕はその子にとても逢いたかったんだ

 

ありがとう

そして、僕はその子が

世界で一番大好きだ』

 

そして僕はまた彼女の髪の毛をゆっくり撫でると、彼女の横で深い眠りに落ちてゆく。

外はもうそろそろ夜明け。

新しい一日が、またはじまる。

 

 

―The End―

 

 

はじめから読む:Insomnia Memories vol.1~ダンサー志望の家出娘、ひょんなことから家から追い出されて辿り着いた真夜中の公園、一人踊る彼女の前に現れた謎の男とは?~