蝉の声も少なくなり、川の流れる音と少し早い秋の虫が鳴き始めているある夜、鈴木がお店を訪ねてきた。すでにお店自体は閉めた後だった。
「こんばんは。ごめんください」
「・・・お店、もう閉まってますけど」
前回と同じく、一定の笑顔を張り付けて玄関に立つ鈴木に、思わず私の顔は曇る。
「何か用があるんですか?何もないなら・・・」
「いえ、挨拶に来ただけです」
いつもスーツを着ているのだろうか。夜も遅い時間だが、きっちりと皺もなくスーツを着こなしている。
「用がないのであれば、帰って」
「わかりました。顔を見に来ただけなので、すぐにお暇しますよ」
「・・・」
「心変わりはありませんか」
「ない」
「そうですか。それではこれだけ置いていきますね」
鈴木はそう言うと、名刺を差し出した。少し迷ったが、受け取ることに決めた。
シンプルな白地に黒の明朝体で鈴木の名前と会社名、役職、連絡先が書いてある。このたった91㎜×55㎜の紙切れが、やけに重く感じた。
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