NOVEL

きっとこの先は。vol.5~月が明けた~

蝉の声も少なくなり、川の流れる音と少し早い秋の虫が鳴き始めているある夜、鈴木がお店を訪ねてきた。すでにお店自体は閉めた後だった。

 

「こんばんは。ごめんください」

「・・・お店、もう閉まってますけど」

 

前回と同じく、一定の笑顔を張り付けて玄関に立つ鈴木に、思わず私の顔は曇る。

 

「何か用があるんですか?何もないなら・・・」

「いえ、挨拶に来ただけです」

 

いつもスーツを着ているのだろうか。夜も遅い時間だが、きっちりと皺もなくスーツを着こなしている。

 

「用がないのであれば、帰って」

「わかりました。顔を見に来ただけなので、すぐにお暇しますよ」

「・・・」

「心変わりはありませんか」

「ない」

「そうですか。それではこれだけ置いていきますね」

鈴木はそう言うと、名刺を差し出した。少し迷ったが、受け取ることに決めた。

シンプルな白地に黒の明朝体で鈴木の名前と会社名、役職、連絡先が書いてある。このたった91×55㎜の紙切れが、やけに重く感じた。