「別れよう」
その言葉は予想通りだった。連絡が途絶え、久しぶりに連絡がきたかと思ったら、短文のメールに集合場所だけ。いくら当時の私が世間を知らなかったとはいえ、そのくらいの予想はついていた。しかし、予想と現実は、受ける重みがこんなにも違うものとは思わなかった。
はじめから読む：きっとこの先は。vol.1～この夜を迎えるまでは～
◆
「なんで・・・」
わかっていた言葉に対して、疑問を投げかけるなんて滑稽な話だと分かっていた。分かってはいながらも、口から出ることを妨げることができなかった。
「ごめん」
「なんで・・・」
「僕はまだ・・・」
鈴木は下を向いたまま、小さな声で言った。バンドのボーカルとして、孤独や愛を力強く歌っていたときとは、大違いだ。
「僕はまだ、君とは結婚できない。だから、別れてほしい。やりたいことができたんだ」
「でも、そんな、別れなくても」
「だめだ」
そのまま、鈴木は詳しい理由も話してくれず、鯉の池を1周回り終わる前に、私たちの関係は終わった。
◆
あれから6年以上、鈴木と連絡を何もとることはなく、徒然に日々は過ぎた。私は芸妓になることはできなかったが、その修行の中で親密になった料亭に入り、そして女将になった。女将になるということは生半可ではない。何も知らなかった学生時代から、遊びも捨てて努力はしてきたつもりだ。様々な思いが頭をめぐり、目の前に集中できなくなりそうになるところを何とか意識を戻す。
「芸者は初めて見ましたよ」
「鈴木君初めてか。岐阜にも花街の歴史があってね」
目の前で芸妓の話が進む。鈴木は私と恋人同士であったわけだから、芸妓について知らないはずはない。
「そうなんですね、勉強になります」
暫く知らないうちに、おべんちゃらまで習得していたらしい。私が知る人物と同一であることが信じられないほど、軽快に会話が進んでいた。
最後の料理が運ばれてくる。長良川で獲れた鮎を、郡上で作られた田舎みそで焼いて香ばしく仕上げた焼き物だ。味噌から香る大豆の深い風味と香ばしさが酒をすすませる。川の流れの中で結ばれたシンプルだが奥深い料理となっている。
「うん、美味い料理に芸。良い夜だね」