NOVEL

きっとこの先は。vol.3~不確かさ~

大野は良く酒が進んでいるようだ。仲居達の動きや料理のタイミング、質も問題ない。宴会自体は成功したと言えるだろう。動揺はしたものの、鈴木はこちらに気づいていないようだ。

 

接待は滞りなく進み、会計の支払いは後日の後払い。何もかも完璧なスケジューリングだ。何事もなく送り出し、車までお見送りする。クラシックミニは大野の拘りらしく、デジタル化が進むこの時代に、敢えて手でしっかりと触ることができるスイッチが良いらしい。

 

実際に目に見えて、手で触れることができるものの確かさへの信頼は、私にもよく理解できたか

ら、その場で同意を表明した。ただ、もしもこの世が全て、そんなわかりやすさで出来ていたら、高級な料亭も、遊びのための花街も全て無くなっていただろうけど。

 

 

「女将さん!無事終わってホッとしましたよぉ」

 

片付けが始めるや否や、新人の美雪が情けない声を上げる。無理もない。久美さんの手助けがあったとはいえ、初めての大きな現場であるにもかかわらず、流れを乱さずにしっかりとやり抜いた彼女は評価すべきだ。

 

「お疲れ様、美雪さん。片付けまでしっかりね」

「はい!」

 

料亭や割烹の世界は上下の世界だ。私が一人の新人に対して熱を入れすぎてはいけない。それ以上の賞賛は、久美さんがしてくれるだろう。

 

数人の仲居が協力して、皿や茶わんを運んでいく。それぞれが、それぞれのリズムで運んでいるはずなのに、なぜかカチャカチャと立てる音の拍子は綺麗に合っている。廊下を急ぐ音と、指示を出す声、皿のなる音、水道の水の音が全て混ざり、お客様がいたときよりも忙しそうだ。

 

客間を掃除していたとき、机を片付けていた久美さんがつぶやいた。

「何かしら、これ」

「どうしたの、久美さん?」

その手にはレシート大の紙が握られていた。二つに綺麗に折られており、咄嗟に捨てたようなものには見えなかった。

「中に何か書いてありますね」

大野の覚書だろうか。もしそうであれば、内容によってはすぐに返す必要がある。

「なんて書いてあるの?」

「ん~・・・。なんだろう、これ・・・」

 

紙を渡してもらって、中身を見る。その時の私の顔に、久美さんは気づいていただろうか。定かではないが、とにかく久美さんは紙を私に渡してから、布巾を持ってそそくさと客間を出ていった。