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組合へのクレーム騒動は簡単には収まらなかった。サービス内容への批判や文化への論評等、口コミサイトやSNSへの書き込みは後を絶たなかった。しかし、本当に少しずつではあるが、高い評価やコメントも見受けられるようになってきた。まだ圧倒的に低い評価の方が多い。だからこそ、目の前のお客様に一生懸命になる必要がある。それが組合の、そして最終的にはこの場所の、かけがえのない一歩に繋がる。そのことを私は知っている。
「本当にありがとうございます。まだまだこれからですが、立ち直らせてみせます」
「これだけ手伝っているんだから、当たり前でしょ」
「えぇ」
彼の顔は昔の彼と今の彼を行き来していた。そのどちらもが彼であり、今までの6年間なのだろうと思った。6年間、彼が何を思い、何をしてここまで来たのか。詳しいことを私は知らない。
「あのさ」
「はい」
「敬語、やめて」
彼は口を情けなく開けて、そのあと口角を柔らかく上げながら、息遣いと間違えるくらいの音で静かに笑った。
「わかった」
彼といた6年間では、聞いたことのない音で彼は答えた。多分、これが今の彼なのだろう。心の中では不安を抱えながらも、笑顔を張り付けて人を動かす。その中には、私が考えもつかないような苦労もあるはずだ。
「今度、お酒でも飲まない?」
「それは、デートととっていいの?」
「そんなわけないでしょ。これだけわがまま吹っ掛けておいて」
彼を知りたいと思った。彼の6年をちゃんと知ったうえで、彼へ言葉を伝えなければいけないような気がした。私の6年を彼に伝えたかった。私の6年を見て、何を感じるのだろう。彼はどんなお酒を飲むだろうか。本や映画の好みは。昔好きだった食べ物は、30を超えた今も同じく好きなのだろうか。嫌いなものよりも、まずは好きなものの話をしよう。共感出来るものも出来ないものもあるだろう。6年前に泣いた話で、今度は笑えるのかもしれない。6年前に笑えた話は、たぶん今度もお腹を抱えて、涙を浮かべながら笑い合えるのだろう。6年間で、どんなふうに年を取り、どんなふうに生きてきたのか。そして、今度は、どんなふうに生きていくのか。
「そりゃ、そうだよね」
「そうよ」
私の6年と彼の6年が、重なろうとしていた。岐阜県岐阜市。長良川や金華山をたたえ、自然に恵まれたこの土地は文化や伝統、料理、季節、人々と、様々なものが一年一年重なり合い、一本の川の流れのように繋がって今を作っている。そして、私や彼、桜井さんのように、この地に住む様々な人が、様々な一年を織り込みながら次の一年を作っていくのだろう。
次の100年がどうなるのかわからない。でも、私たちの6年だけでも、いやここ数ヶ月だけでも、これだけ事件が起きたのだ。100年後もきっと騒がしいに違いない。ただ、きっと悪くはないと思った。
複雑に絡み合った糸が、美しい着物を形作るように、きっとこの先は。
―The End―
はじめから読む:きっとこの先は。vol.1~この夜を迎えるまでは~