「…娘が、よく淹れてくれた。私が、会社をダメにしてからだから、もう10年以上前だ。」
男が重い口を開く。
一代で貿易会社を設立し、景気がいい時は良かったが、時代に流され会社の経営は悪化し、借金まみれになり首が回らなくなり、自分は会社の経営から逃げるように家を出た。
残された妻が奮闘しながら娘を育て、会社を何とか立て直しをはかったが身体を壊し数年前に亡くなったそうだ。
その後、娘は自分が作った会社を再建してくれたのだと男は話した。
「それで…」
佐伯は一輪の青いバラを見つめた。
青いバラには『不可能な事を成し遂げる』という意味も持っている。
父親の夢を引き継いだ娘に、贈りたいと思う気持ちが、この一輪の薔薇にはあるのだと思うと、愛おしくてならなかった。
「娘さんにも伝わりますよ。」
佐伯は客に一輪の薔薇を差し出した。
「有難う…」
客は、ポケットからヨレヨレになった巾着袋を出して、その中から百円玉を一枚ずつ出していく。
店外に置かれているカートが見える。
この男が、どうやってこのお金を稼いで此処に来たのか解る。
「500円です。」
青いバラは割と高額なのだが、佐伯はそれを顔に出さずに告げた。
今のこの男に、金を要らないというのはとても失礼な事だ。
娘の為に、父として出来うることをしたかったのだろう。
だから、今払えるだろう高額を提示した。
男はなんの疑いもせずに、100円玉3枚と、50円玉を5枚と、10円玉を5枚カウンターに並べ、潤んだ瞳を青いバラに向けた。
「…ありがとう…ありがとう…」
何度もそう呟き、コーヒーカップを置いて、青いバラを握り締めゆっくりと店を出て行く。
その後ろ姿には、生気がなかった。