「あ、いらっしゃいませ。」
そこに立っていたのは、くたびれたスーツを着用し、髪の毛がペッタリしている男だった。
どう見ても、錦三丁目の活気に馴染んでいない人物であることが解る。
親子は不快な表情を浮かべたが、佐伯は営業スマイルで迎える。
「なにか、お探しでしょうか?」
男の顔も煤けていたが、左顔面が引きつっているのが気になった。
「…あ、あ、青い…薔薇はあり…ますか?」
「はい。ございますよ」
佐伯はいたって普通に対応をする。
「いいい…一本…買えますか?」
この風体を見れば納得できることだが、佐伯はどんな要望にも笑顔で「はい!」と返答し、状態や開き方が綺麗な青いバラを引き抜き、包み始めた。
「贈り物でしょうか?」
男は視線を合わせようとせずに、カタカタ震えていた。
「お相手は、女性ですか?」
佐伯は包装紙を掲げてみせる。
「あ、はい。娘に…」
〝娘″と言った時だけ、痙攣が和らいで見えた。
「喜んでくれるといいですね。青いバラは『奇跡・夢が叶う・神の祝福』っていう意味がありますから。」
客は佐伯の事を真っすぐ見つめた。
その白んだ眼球を見たら、彼が色んな病を患っているのは明確だった。
しかし、所詮は他人の事だ。
深く関わる気はなかったが…佐伯は、包んだ花を渡す前に、お客にもコーヒーを入れて差し出した。
「少し、休んで行きませんか?」
リナ親子が佐伯を睨んでいる気配は感じたが、佐伯は構わずパイプ椅子を差し出し暖かいコーヒーを渡した。
客は躊躇していたが、暖かいコーヒーを震える手で受け取ると、疲れ切った身体を折って腰を掛けコーヒーを一口啜る。
「…美味いな…」
客はそういうと、カピカピになった頬を濡らす。
佐伯は何も聞かずに、ただ見つめていた。