NOVEL

錦の花屋『ラナンキュラス』Vol.5 ~二度と戻ることは出来ない過ち~

 

「あ、いらっしゃいませ。」

 そこに立っていたのは、くたびれたスーツを着用し、髪の毛がペッタリしている男だった。

 

どう見ても、錦三丁目の活気に馴染んでいない人物であることが解る。

親子は不快な表情を浮かべたが、佐伯は営業スマイルで迎える。

 

「なにか、お探しでしょうか?」

 男の顔も煤けていたが、左顔面が引きつっているのが気になった。

 

「…あ、あ、青い…薔薇はあり…ますか?」

 「はい。ございますよ」

 

佐伯はいたって普通に対応をする。

 

「いいい…一本…買えますか?」

 この風体を見れば納得できることだが、佐伯はどんな要望にも笑顔で「はい!」と返答し、状態や開き方が綺麗な青いバラを引き抜き、包み始めた。

 

 

 

「贈り物でしょうか?」

 男は視線を合わせようとせずに、カタカタ震えていた。

 

「お相手は、女性ですか?」

 佐伯は包装紙を掲げてみせる。

 

「あ、はい。娘に…」

 〝娘″と言った時だけ、痙攣が和らいで見えた。

 

「喜んでくれるといいですね。青いバラは『奇跡・夢が叶う・神の祝福』っていう意味がありますから。」

 客は佐伯の事を真っすぐ見つめた。

その白んだ眼球を見たら、彼が色んな病を患っているのは明確だった。

 

しかし、所詮は他人の事だ。

深く関わる気はなかったが…佐伯は、包んだ花を渡す前に、お客にもコーヒーを入れて差し出した。

 

「少し、休んで行きませんか?」

 リナ親子が佐伯を睨んでいる気配は感じたが、佐伯は構わずパイプ椅子を差し出し暖かいコーヒーを渡した。

 客は躊躇していたが、暖かいコーヒーを震える手で受け取ると、疲れ切った身体を折って腰を掛けコーヒーを一口啜る。

 

「…美味いな…」

 客はそういうと、カピカピになった頬を濡らす。

佐伯は何も聞かずに、ただ見つめていた。