「あの、お母さん。本を見せたいから、部屋に行ってもいいかな」
「もちろん、いいわよ。どうぞ。さ、上がって」
その時、遅れて裕司が奥の部屋から出てきた。
「あなた、春樹のお友達よ。桃木さんって言うんですって。今日は参考書を見にいらしたのよ」
「ああ、どうも、初めまして」
「初めまして」
裕司は一応、といった形で会釈と挨拶をした。
廊下で、桃木さんをじろじろと上から下まで眺めた、その不躾な視線に加奈恵は悪い予感がした。
「……ちなみに、桃木さんはどこの高校を目指しているのかな」
裕司が出し抜けにそう訊ねた。桃木さんは一瞬びっくりした様子だったが、すぐに瑞穂区にある女子高の名前を答えた。
「そうなんだね」
裕司は、ふうん、と返事をすると、それきり彼女には何も言わず、リビングの冷蔵庫を開けると中身を漁った。
「加奈恵、これ食べるから、お茶出してくれ」と、お腹が空いているのか余ったおかずを引っ張り出した。
「あ……。はい。……じゃあ春樹、桃木さんを連れて行ってあげて」
裕司に淹れるお茶を用意する前に、春樹に声を掛ける。春樹は「うん」と返事をしたものの、裕司にいい視線を送らなかった。
***
桃木さんは無事に帰ったが、その後、裕司が春樹に言った言葉は波紋を呼んだ。
「春樹。あの子とは縁を切れ。今後親しく付き合うのはやめろ」
その言葉に、加奈恵も春樹も目を丸くした。
「は? ……な、何で? お父さん」
「何でも何もない。あの子はお前とは釣り合わん」
「何が……。どういうこと」
「お前は東海に行くんだろう。どっちにしろ、共学じゃないんだし、今のうちに諦めろ。友人にしろ彼女にしろ、付き合う人間は選ばなきゃいけないんだから」
春樹は愕然とした表情をしていた。流石にひどいと思った加奈恵が、口を挟もうとする。
「あなた、ちょっと待って。桃木さんはいい子だし、いくら何でも……」
「『いい子』だから何だ? 世の中、成績が全てだ」
その時になって、春樹も加奈恵も、漸(ようや)く裕司は何が気に入らないのか気付いた。
――偏差値だの成績だの、そんなことで差別するだなんて!