自然に、このあとの展開を期待しているアユミだったが、しかしその期待は簡単に裏切られた。
アユミが手洗いに立った際にタクシーを呼び会計も済ませてしまったらしい。
「アユミちゃん、タクシーもうすぐ来るから、家まで乗って行っていいよ」
「え、神尾さんは一緒に乗っていかないの?」
「多分、家反対方向だと思う」
聞けば、確かに同じ東山線でも、逆方向だった。
残念そうな顔を読まれたのか、神尾がカウンターの下でアユミの手を握り、指を絡ませてきた。
「また誘うよ」
神尾の全ての動作は、手慣れているとしか言いようがなかったが、アユミは返事の代わりに、にっこりと笑って神尾の手を握り返した。
週末は頻繁に神尾から連絡が来た。
これだけ連絡をマメにくれるなら、会ってデートがしたいと言いたい。
だが、焦って追いかける女になってはいけない、と親友のリサが言っていたのを思い出し、アユミは普段はしないような時間のかかる料理を作ったり、念入りに部屋の掃除をして時間を過ごした。
いつもなら、リサや他の友人とランチやお茶をしたりヨガの体験レッスンを予約したりと予定があるのだが、今週末に限って何もない。
このまま付き合う流れになればいいと心の中で念じつつ、いや、なんなら「私たち付き合わない?」と言いそうになるところを抑え、なるべくその願望をラインの文面に出さないように心掛ける作業は、なかなか疲れる。
本来、アユミは待つ恋愛が苦手なタイプだ。
金曜日の帰り際だって、タクシーに乗る直前まで「神尾さんの家に行きたい」と言うかどうか迷っていた。
結局言わなかったのは、タクシーが本当に2台同時に来てしまって、言い出せなくなっただけである。
それでも神尾がアユミに好意を持っていることは間違いなさそうだった。
(あんな素敵な人が私の彼氏になったら、みんなに自慢できちゃう)