タワーマンションの住人の心の内側! 社長の夫をもつ主婦の生きづらさ
前回:勝ち組妻 Vol.7 ~強く生きる彼女の仮面がはがれるとき~
どうやら、京子の噂はタワーマンション内で広まってきているようだ。どのように言われているかは京子の耳には届かないが、京子を見る住人の目は悪いものではないようで安心する。
――逆に過ごしにくくなってしまったかしら。
人の輪は、できれば最小限に留めておきたかった京子にとって、思わぬ誤算だった。噂の伝播力を見くびっていたようだ。
今さらながら、ビビってしまう。
――でも、喜んでもらえるならやってよかったわ。
ささやかながら、誰かの役に立っているということが幸せだった。
午後からは雨が降るらしい。雲はどんよりと灰色だが、果たして今雨が降っているのか、判断できなかった。
ベランダに出て下を見下ろしても、もちろん地面は見えない。
――小雨くらいなら、折り畳み傘を持っていこう。
WAKAOの折り畳み傘を手に取る。バンブーハンドルなので、持ちやすく気に入っている。淡い水色のタッセル付きだ。
マンションのエントランスを出たところで、前から歩いてきた女性と目が合う。両手にはそれぞれパンパンに膨れた買い物袋を持っている。マスクをしていて顔の半分は見えないが、京子は彼女に見覚えがあった。
「あの、すみません。京子さんですか。」
すれ違おうとしたところで声をかけられる。
「はい。そうですけど…。」
「ああ、お会いできてよかった。いきなりすみません。京子さんのお話をここのママ友から聞いて、わたしもお話ししたいなって思ってたんです。すみません、こんな格好で…。」
よく見ると彼女がすっぴんだということがわかった。
「まあ。それはありがたいわ。」
「あの…大変図々しくて申し訳ないのですが、今日って空いておられますか。」
京子は今から本屋に行って、資産運用の本を買おうと思っていた。幸雄が事業を拡げる中で、将来のことを考えてお金の運用をできないか、彼から打診されたのだ。株や投資信託に関してまったく知識のなかった京子は、家にいる時間を利用してお金の勉強をすることにした。幸雄に言わせれば、遅いくらいらしい。
「ええ、大丈夫ですよ。」
「すみません、ありがとうございます。」
買い物袋を持ちます、と手を差し出したが、丁重に断られた。女性と一緒にマンションに戻りながら、予定は今度かな、と頭の中でぼんやりと考えた。