「・・ママだ」
「遅いから心配してるんだよ、帰ろう」
「うん・・」
名残惜しそうに目を凝らす紗希に克哉が言う。
「また連れてきてやるから」
「本当?」
紗希が尋ねる。答える代わりに克哉が紗希の手をギュッと握りしめた。
胸がギュッと締め付けられる感じがした。
(これって、何だろう?)
紗希は片方の手で胸を押さえながら、克哉と繋いだ手に力を込めた。
二人で帰ろうと歩き出したとき、隣のグループのひとりが紗希にぶつかった。
大学生らしい5人組で、ビールを片手にさっきからはしゃいでいる。
どうやら鬼ごっこのようなことをしているらしい。
「あっ!」
咄嗟に手スリを掴んだ拍子に紗希は手に持っていた携帯を落としてしまう。
カラン。
手すりの少し、向こう側に携帯は落ちた。
「どんくさいな、ちょっと待ってろ」
克哉が身を乗り出して携帯を拾おうと手を伸ばす。
「・・届かないか」
「危ないよ、もういいから」
「大丈夫、待ってな」
克哉が手すりを乗り越えようとしたとき、さっきのグループのひとりがまたぶつかってきた。その勢いで克哉を止めようとしていた紗希の身体ごと、弾き出されてしまう。
「危ない!」
誰かが叫んだ。
かなりの勢いで押されたらしく二人の身体は堀との間の植え込みを超えて、宙を舞う。
ガッ、ボチャーン!
何かがぶつかる音と大きな水音。
「きゃーっ」
「誰か落ちたぞ!」
辺りは騒然となる。暗がりの中、持っていた懐中電灯で周囲の大人たちが堀を照らす。
「どいて!」
呆然として立ちすくむ大学生を突き飛ばして、誰かが堀に飛び込んだ。