前に座っていた香那が紗希の方をじっと見つめている。
涼しげな瞳とシャギーの入ったショートカット、香那はなかなかの美人だ。
成績優秀でスポーツ万能、容姿端麗。
同性ながらふとした瞬間、ドキッとする。
女子校ならではの慣例でいくつかファンクラブができているらしい。
「ね、紗希、聞いてる?」
理香子に肩を揺さぶられ少し、言葉に詰まる。
「そうね、今は興味ない、かな。勉強忙しいし」
嘘はない。“今は”ではないけれど。
母を見ていると男女間の気持ちのズレは心を疲弊させる気しかしない。
紗希の母は父と別居して久しい。
理由は分からないが、物心のついた頃から両親は別居していた。
父には新しい家族があるらしかったが、母は紗希が成人するまで離婚はしないと言い張り、父もそれを了承した。
最後に話し合った日のことを紗希は覚えている。
「紗希、元気でな」
父が紗希の頭を撫でようと伸ばした手を母は払い除けた。
5歳だった紗希は母が泣くのが悲しくて、母にしがみついていた。
あのとき、父はただ悲しそうに紗希と母を見つめていた。
父の気持ちも今なら分かる気がする。
けれど胸が詰まるようなあんな思いはもうしたくはない。
「紗希?」
理香子が覗き込んでくる。
「ああ、ごめんなさい。なんでもないの。それよりどんな人?理香子の彼」
聞かれるのを待っていたのか、理香子の顔がパッと華やぐ。
「聞きたい?あのね、バンドやってるの。ドラム!カッコ良いのよ。フェスで知り合ったの!」
理香子はいつも、こうだ。
恋をしているときは勉強も、友だちも全部放り出す。
そして恋が終わると大泣きして戻ってくる。
その繰り返し。
そんな理香子を見ていると“まるでジェットコースターに乗っているみたい”と紗希は思う。
側で見ている分には構わないけれど、自分が乗ろうとは思わない。
“チクン”
(何だろう)なぜか不意に胸の痛みを感じて紗希は手を止める。