「ただいま」
キャリーケースを引いた康平が数日ぶりに家へ戻ってきた。
心にシコリが残る私の口から出た「おかえり」は、自然とどこかそっけなくなってしまった。
康平の表情からもそれに気づいているのが感じ取れた。
はじめから読む▶夫婦のカタチ vol.1~失ったもの~
-心の叫び-
勇希はとても嬉しそうに「パパ〜!」と叫ぶと、宙に浮いているようなヨチヨチ足で康平の元へ駆け寄った。
康平の足にしがみついて戯れる無邪気な勇希の存在が、今の2人の緩和剤となっていた。
それでも何事もなかったかのような顔をして、ダイニングに座る康平。
帰宅時間に合わせて作っておいた彼の大好物のクラムチャウダーを、なんのリアクションもなくテレビを見ながら黙々と食べる。
このまま私の気持ちをうやむやにできない。
そう思った私は康平の見入っているテレビのリモコンを取ると、電源ボタンを押した。
(やっぱりか・・・)という康平の心の声が聞こえたような気がした。
私はバツの悪そうな康平に、感じていたことを全て打ち明けた。
1人で育児を抱え込んでしまったこと。
社会から孤立していくような感覚。
どれだけ頑張っても完璧な母親になりきれない自分への悔しさ。
そしてこの悩んでいる気持ちが康平にわかってもらえない虚しさ。
全てを感じたままに話しているうちに私の視界は曇り、涙が溢れる。
地上から切り離されたタワーマンションの一室には、私のすすり泣く音だけが響き、時が止まっているようだった。
"ブー、ブー、ブー"
そこへ康平の仕事用のスマホが鳴った。
私が泣いている横で康平は当たり前の顔をしてスマホを取ると、切ることなく耳に当てて話し出した。