水族館を出る頃には夕焼け空になってあたりが少しずつ暗くなり始めていた。
「夕飯は予定通り、お店のディナーで大丈夫?」
康平に聞かれて頷くと、私たちは思い出のフレンチレストランに向かった。
はじめから読む:夫婦のカタチ vol.1~失ったもの~
-1日の終わり-
レストランの席に着くと、席について早々にウェルカムドリンクと料理が出てくる。
けれどコース料理は1皿1皿順に出てくるはずが、2皿ずつ早めに料理が席に並んだ。
スパークリングワインで乾杯すると、康平はゆっくり語り出した。
「今日はなんか久しぶりに2人で出かけて楽しかったね。奈緒美はどうだった?」
「念願のランチも行けたし、水族館もすごく楽しかった!康平、今日はありがとね」
そう私が返すと
「それで・・・この後はどうしたい?」
と康平が私の顔を覗き込むようにして聞いてきた。
そして、
「本当は夜景なんか見に行くよりも、今すぐにでも行きたい場所があるんじゃない?」
と私の心を見透かすように言ってきた。
水族館で周りの子供連れの楽しそうな姿とすれ違うたび、目で追っている私の姿。
ふとした時に出る「勇希に今度見せたいなあ」という一言。
歩きながら時計を気にする仕草。
そんな小さな私の様子から、康平に私の気持ちが伝わっていたのだろう。
「急いでるからなるべく早めに料理出してもらえるように、お店には話しておいたから。美味しいご飯食べたらそのまま今日は家に帰ろっか」
そう言いながら康平は大きな口で前菜を頬張った。
「康平・・・ごめん。せっかくのデートなのに・・・」
「考えてみたら奈緒美がソワソワするのは当たり前でしょ。勇希が生まれてから2年間ずっと毎日一緒に過ごしてて、どこかに預けるなんてことなかったんだから。立派な母親になってくれた証拠だよ。奈緒美、ありがとな」
私は勇希を産んでから、初めて誰かに立派な母親だと認めてもらえたことが嬉しくて、2年間の苦労が報われたような気持ちになり涙が込み上げた。
そして康平は鞄の中を漁ると、そっと何かを私に差し出した。
「これからは仕事にも行って、さらに逞しい母親になるんだろ。だから職場でも前向きにいられるように!これ使って」
そう言って名前の彫られた新しい本革の手帳と名前の彫られたボールペンをプレゼントとして渡してくれた。
手帳の一番後ろを見ると、3人の家族写真が入れられている。
今まで送られたジュエリーやバックなどのプレゼントよりも、ずっと心に残るプレゼントだった。
「本当に康平ありがとう」
私はこれから先もずっと、この人と幸せな家庭を築いていこうと心から思える瞬間だった。