迷っていたマネージャーポジションに応募した美果。迷いを晴らしてくれたのは夫ではなく再会した元彼だった。
ふと届いたチャット画面を開き、その送信者を見た途端に思わず身を固くしたが…。
前回:Silver Streak vol.4~安定した生活と悪くないキャリア、不満はないけど一歩踏み出したい美果の背中を押すのは?~
はじめから読む:Silver Streak vol.1~スイートルームから毎朝出社する女性。ホテルのバーでの思わぬ出来事とは?~
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ひと息ついていた夜の時間が一気に剥がされるような感覚だった。
届いたメッセージをもう一度読む。
「来週末集まりませんか?ひさしぶりに会食でもしましょう。場所は美果の旦那様のホテルがいいな」
送信者は中学時代のクラスメイトだった。
当時同じグループの友人たちとは1~2年に一回ほど集まるような関係が続いている。
大学に進学し、就職して数年の内は美果も楽しく参加していたのだがここ数年はできるだけ避けたい集まりだった。
文章だけ読むと何気ない友人からの言葉である。美果がこのホテルの親族になっていることは皆知っているのだし、美果を通して個室の予約もしやすいのだから単純に甘えているのだろう。ただその裏に何か薄黒い感情を嗅ぎ取ってしまう。
“美果の旦那様のホテル”
夫は三男で会社員として勤めており、後を継がないことは知っている筈だ。
あえてそういう表現でグループチャットをしてくることにうんざりしてしまう。
そしてそう考えてしまう自分自身に一番気が滅入ってしまうのだった。
ちょうど皆スマホをいじりやすいタイミングだったのか、笑顔のキャラクタースタンプを押したり、さっそく時間について話し合ったりと美果が返信を送る間もなく予定は決まってしまった。
あっさりとレストランの予約は美果に振り分けられている。
「わかった。じゃあ個室用意しとくね」
物わかり良く返信を送る。
どんよりとした気持ちになるのは毎回同じだ。こうやってチャットが終わった後にする習慣が一つある。
集まりが終わるタイミングでホテルのスパに予約を入れるのだ。
女同士の穏やかな争いの後はさっぱりと癒されたい。そんな気持ちになり、数年前からスパで嫌な感情を落とすような習慣になった。
中学の時はこんな気持ちになるとは想像もしていなかった。友人の形は不変ではないのだ。
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「会いたくないのなら会わなきゃいいんですよね」
美果はスイートルームに遊びに来た加奈子に言った。
良く晴れた土曜日の昼下がり。
今日予定通り友人たちとランチの集まりが行なわれ2時間ほどで解散し、スパへ行き、そして夕方になった今、加奈子と部屋でくつろいでいる。
ケーキを買ってきてくれたのでさっそくアールグレイの紅茶を入れる。ふんわりと漂う香りがすっと癒してくれるようだ。
加奈子の子どもたちと夫はキャンプに出かけており、明日の夕方まで帰らないのだそうだ。
「もう何度もキャンプに行ったんだけど、私あんまり好きじゃないみたい。自然は良いけど夜はベッドで眠りたいわ」
そう率直な感想を聞いた時に強く共感した。
家族だからって自分のやりたいことを毎回曲げる必要はないのだから。
スパで全身の血流が良くなっておりデトックスをした後だからかもしれない。先ほどの集まりで感じた棘が少し丸くなってきているのがわかる。
友人たちと会っていたのは数時間前なのに、数日前のような感覚だ。だいぶ浄化されたのだろう。