NOVEL

【最終回】Silver Streak vol.10~それぞれの価値観、それぞれのキャリア選択~

新一と美果は昔の誤解を解き、改めて友人に戻る。

フランスにもどる高史を空港へ見送った後、美果は職場で驚く知らせを聞くのだった。

 


前回:Silver Streak  vol.9~ 誤解が解け、元彼が友人に戻るとき~

はじめから読む:Silver Streak vol.1~スイートルームから毎朝出社する女性。ホテルのバーでの思わぬ出来事とは?~

 

 

「えっ??!!」

広々としたカフェテリアの一角で美果は声を上げてしまった。思わずコーヒーを落としてしまうところだった。

「ちょっと…声大きいわよ」

加奈子がやんわりと嗜める。

「だって…そんな、いきなり。辞めるだなんて…」

出社後、一通りメールをチェックしひと息入れようとコーヒーを飲みに来たところで加奈子と会ったのだった。

 

 

「本当はちゃんと外で会った時に言おうと思ってたんだけどね」

昨日上長にその旨を伝えたらしい。

先に噂で伝わったら嫌だから、という理由で今美果に告げたのだそうだ。

2週間ほど引き継ぎして会社を辞める、と。

「有休消化もあるから在籍日数はもう少し長いけど会社に来るのは実質2週間かな。その後準備が整ったら北海道へ行くわ」

辞めるのはまだしも、その決断は美果を驚かせるには十分だった。

 

詳しく聞くと、北海道といっても札幌ではなくもう少し奥まったところらしい。

どちらかといえば帯広の方かな、と言っているが加奈子自身も土地勘がないためよくわかっていないのだそうだ。

加奈子の夫の父、つまり義父にあたる人は元々北海道の出身らしい。

名古屋に住んでいたが老後はそちらに帰りたいと常々言っていたそうで去年から居を移したとのことである。働いている時からアクティブな人だったらしく、代々持っている土地の一部を耕すことにしたのだそうだ。

引っ越した途端農業を始め、趣味程度にあらゆる作物を作っている。

収穫の際、夫や子どもは手伝いに行っておりその土地が気に入ったことが今回のきっかけになったと言うのだった。

 

「うちの旦那は教員免許持っててね。ちょうどそっちの学校で募集が出てるみたいで義父の親族が世話を焼いてくれたのよ。旦那も教員になりたかった夢が再燃したみたいで。子どもたちにも良い環境かなと思って決めたのよね」

 

穏やかに話す加奈子からは母や妻の表情が感じられた。

少し遠くなったように感じる。これまでであればにぎやかな街から離れるなんて想像できなかった。

デパートで買い物をし、ホテルのラウンジでコーヒーを飲み、街の中心でばりばりと働くのが加奈子の姿だった。

それに加奈子は寒いのも自然が多いのもそんなに好きではないと言っていた。

いつも自分が好む環境がはっきりしていたのだ。

 

それを感じ取ったのか、美果をまっすぐ見て言った。

「そうねえ。私自身もなんでかわからないんだけどね、他の人の価値観に一度則ってみるのも悪くないって思ったのよ」

少し微笑みながら付け加えた。

「でもさ、嫌になったら私だけ名古屋に戻って来ても良いんだし」

そのあっけらかんとした決断が加奈子らしかった。

まだ数週間ある。それまで忙しいかもしれないが加奈子はきっとまたスイートルームに遊びに来てくれるだろう。今度はルームサービスでのんびり過ごすのもよいかもしれない。

今までのように毎日会社で会うことはなくなるし、頻繁に近況報告することもなくなる。

けれど、距離が離れてもずっと続いていける気がする。キャリアや価値観が違っても認め合える相手だと感じるからだ。

今度高史が帰国したら一緒に北海道へ行こう。美果はそう思った。