「ねえ、加瀬くん。今日の夜空いてるかしら?シャツのお礼もしたいし仕事の後にどう?」
いきなりだ。
まだ会うの3回目なのに。
戸惑いが顔に出ていたのだろう。少し意地悪そうな顔をして彼女は言った。
「大学生みたいに戸惑うなんてこっちが恥ずかしくなるでしょう」
「すみません、突然だったもので」
「恋は突然に訪れるものよ」
ふふっと笑う。
「今のは冗談だけどね」
言い返す間も与えてくれない。
「ダメならいいわ。じゃあね」
お疲れ様、と言ってフロアに戻ろうとした。
「ちょっ…」
思わず彼女の肩を掴んでしまう。
身体ごとこちらに向かい合った。
「大丈夫です、今日仕事が終わった後」
じっと見つめ数秒が経つ。
「じゃあ名古屋駅前の〇〇っていうバーでね」
返事を待たず後ろ姿を向けて歩いていった。
まただ。
彼女の後ろ姿を見てばかりな気がする。
ぼんやりと佇む俺の姿を窓越しに三村が見ていたことは知る由もなかった。
◆
仕事を定時で上がり、少し緊張しながら踏み入れる。こんなところだなんて聞いていない。
靴は磨いてきたし、ジャケットもそれなりのものを着てきたから大丈夫だろうが、街の飲み屋と違って背筋を伸ばさないと来れないところだ。
彼女に指名されたバーの名前を調べたらそれは名古屋駅前の一流ホテルの中だった。
ドアを開けてカウンターを見る。
彼女はもう一杯目を飲んでいるところだった。
「お疲れ様、フラットホワイトくん」
「加瀬です」
昼間と同じやりとりになる。
待てなくて先に飲み始めちゃった、と言い訳をしてオーダーを促した。
「何を飲んでいるんですか?」
「知りたい?」
「いや、別にいいです…ブラック・ルシアンで」
緊張を解くために早くアルコールを口にしたかった。