「だから、大丈夫よ、珠子。幼馴染ならよく知っているはずだもの。
知っているから、珠子を選んだのよ?少しは、自分に自信を持ちなさい」
自信に満ち溢れた愛子に言われても、しっくりと来ない。
雄一郎が、なぜ珠子を選んだのか?
理由を探る必要はないのかもしれない。
ただ、おだてられるように調子に乗って、ローンを組んで結納から家具まで全てを揃え、珠子はこの高見に上り詰めたのだ。
今更、それを誰かに譲る気なんて毛頭なかった。
愛子に手渡されたコップに入った水を受け取り、思わず吹き出しそうな迷語と共に、胃の中に流し込むように飲み下した。
愛子は芽衣の方に視線を流す。
僅かに指先が震えていた。
愛子は心の中で呟く。
『本当に、ゲスい男』
愛子はクズを飼うのは好きだが、遺伝子はゲスい頭脳派を欲していた。
この形だけで中身のない客間に居て、それを理解できるのは、己だけだという自負もある。
「珠子。今日は朝から何も食べてないでしょ?
少しでも胃に入れた方が良いわよ。明日からも忙しいんだから」
愛子は珠子専属のスタイリストとして、二人が新婚旅行に行くまでの間、西園寺家に雇われている。
長居をする気はない。
欲しいものを欲しいように手に入れる事だけが、愛子の目的なのだ。
「あなたは、仕事に戻っていいわよ」
愛子は芽衣に声をかける。
『ちょっと、可哀そうだけど…この子の方が邪魔…』
芽衣には、明らかな敵意を向けた。
芽衣は視線を合わせることなく「失礼致します」と小声で漏らして、退出させられた。
若く、幼い、芽衣は…
すぐには会場に戻れず、誰も居ない倉庫の端に駆け込んで泣いた。
自分の愚かさと自分が踏み入れた醜い世界に慄(おのの)き…、西園寺家という蜘蛛の巣に捕らわれ、もがく苦痛に溺れそうだった。
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夜会で気を失い自宅療養中の珠子を夫・雄一郎の元婚約者・流沢麻梨恵が見舞うも、珠子に嫌みを浴びせるだけでなくハネムーンに関してある衝撃的な告白をする。