愛子は朝一で、珠子の着付けを実家で手伝い、その足で西園寺家へと出向いた。
夜会のコーディネイトも愛子に雄一郎から依頼していたのだ。
「妻には、常に綺麗でいてもらわないと。沽券に関わるだろ」
愛子の足に視線を落とした雄一郎の瞳は、ほのかに濡れていた。
「妻…ねぇ…」
二人の会話を聞かずとも、この二人の関係が、一線を越えていることくらい誰にでも解る。
愛子は、綺麗で仕事のできる女性オーラを醸し出していた。
昼ドラなどに出てきそうな、美人社長秘書さながらだ。
そういう女は西園寺家の嫁には向かない。
体裁、対面、面子、すべてに沿わないが、傍に置いておく女には適している。
でも、芽衣は珠子のような嫁に成りうる存在にも、愛子のように胸を張って雄一郎に色仕掛け出来る存在にもなれない。
芽衣が此処に居られるのは…ただ一つ。
雄一郎への一途な想いだけであった。
愛子が重い腰を上げ、客室に自分を案内するよう芽衣に指示を出す。
愛子の残り香は、今まで嗅いだことがない。
芽衣は、愛子に怪訝な表情を浮かべた。
夜会は西園寺家の広いリビングから、庭も解放され、100人以上の親族やそれぞれの系列会社の役員クラスが招かれていた。
珠子は、タイトな白いドレスを身に纏い、借りてきた猫のようにただ中央に置き去りにされたまま動けないでいた。
『若い二人の未来永劫を祝して、そして西園寺家の今後の発展を願い、乾杯!』
西園寺財閥の関連企業会長と名乗る初老で小柄な男性が、シャンペングラスを高々と掲げている。
この空間に、珠子の身内は一人も居ない。
珠子は居たたまれなく、遠くの方で微笑み、シャンペングラスを傾けて合図を送ってくれる愛子の姿を見て、答えるように笑んだ。
隣に居る夫の雄一郎は珠子を一瞥もしない。
夢と現実の奈落に突き落とされそうになっていた時。
ワインレッドのロングドレスを見事に着こなし、耳元にも胸元にも眩しいほどのパールを飾った、モデルのような女性が雄一郎に声をかけてきた。
「雄一郎!おめでとう。やっと腰を据える決心をしたのね…」
砕けた話し方が癪に障る。
珠子が、雄一郎に「この方は?」と尋ねると、雄一郎はこともなげに答えた。
「紹介するよ、流沢麻梨恵(ながれさわ まりえ)。僕の幼馴染…かな?」
『流沢』というのは、西園寺財閥と肩を並べるほどの、大地主である。
主要駅前のオフィスビルを管理していることで有名だ。