「うわぁ…」
珠子の口が、ポカンと開く。
そこにあるものは、明らかに珠子が輿入れに用意した家具より高価なアンティークばかりだった。
「お疲れだと思いますので、しばらくお待ちください。ご入浴の準備もしておりますので、お使いください。
お呼びしたスタイリストが参ります。それまではごゆっくりと」
決して、珠子と視線を合わせようとせずに、礼儀正しい姿勢を崩さない若い使用人に珠子は違和感と同時に親近感を覚えていた。
「ありがとう。夏目…さん!今後ともお世話になります。不束ものですが、どうぞよろしくお願いいたします。」
年下だろうが、この敷地内では主従関係であろうが、珠子にとっては関係ない。
他の使用人たちは明らかに歴が長く、この家を仕切っているように見たが、夏目芽衣はどう見ても10代をやっと卒業したばかりのように見える。
現代で、こんな若い少女が、使用人として働くにはそれなりの理由があるはずだ。
それがなんにせよ、この閉鎖空間では息も詰まるだろう。
遊びたい盛りの年代の少女が、似つかわしくない言葉遣いで仕えてもらうことに、違和感しかない。
「夏目さんは、いくつなの?ここに来てどのくらい?」
新参者は明らか自分の方だが、珠子は芽衣との距離を縮めようと試みた。
「22歳になりました。こちらには昨年よりお世話になっております。もう、よろしいでしょうか?」
端的すぎる返答をし、芽衣は有無を言わさず「失礼いたします。ご入浴をよろしくお願いいたします。」と告げて、静かに戸を閉めた。
珠子を明らか拒否しているようにも見えた。
「なんか、私、嫌われているのかなぁ…」
ぶつぶつ言いながらバスルームを覗くと、ふわっと熱気が漂っていた。
そして、更衣室にはバスローブなど一式がすべて綺麗に並べられていた。
早朝から、昼半ばまでかけてのお輿入れ行列で、確かに汗は尋常じゃなかったので有難い。
「風呂風呂って…私、そんなに匂ったのかな?」
珠子が気に入って使っている香水の香りがした。
有名な海外ブランドではなかったが、手頃で使っていた。
それも、この湯あみで最後となるのだろう。
西園寺の全てが、自分を変えてくれる。
それが、名残惜しくもあり、幸福の絶頂でもあった。
珠子を客室に案内した後、談話室に芽衣が顔をだすと、愛子と談笑している雄一郎が紅茶のカップを口許に添えていた。
「旦那様。珠子様が到着されました」
「ああ。…だってよ?」
雄一郎が愛子の方に流し目をして、片頬を上げる。
愛子は足を組んだまま、目の前に置かれている洋菓子に手を伸ばす。
「本当に薄情な男。出迎えくらいしてあげたらいいのに…」