ここに来て。槙さんの反応を見るのが、ぐっと怖くなった。
そう言えば、先日は一緒にお昼を食べることさえ事前に断られたのに。そして僕自身、その気持ちが分かるとさえ思っていたのに。
はじめから読む:御前崎薫は… vol.1~女が怖い~
ドッドッドッと、さっきにも増して心臓がうるさすぎる。
勢いだけじゃなくて、心からの気持ちで誘ったつもりだったけれど。そんなことに、どれほどの意味があるって言うんだ? 結局は、槙さんがどう感じるかじゃないか――。
「……良いですよ」
槙さんが、静かにそう頷いた。嬉しそうというわけでもなく、かと言って嫌そうでもない。フラットな声だ。
「あの……ご迷惑じゃ」
「迷惑だったら、そう言います」
きっぱりと、槙さんが続ける。
「男性の方と食事するのは苦手ですけど。御前崎さんとなら、そんなに嫌な感じがしないなって、お話を聞きながら思いましたし。これで上手くいけば、もし仕事上のお付き合いなどで男性と同席することがあっても、大丈夫になる気がして」
それを聞いて、ホッとする。槙さんにとってもこれがプラスになり得るのだったら、それは願ってもないことだ。
ただなんとなく、一抹の寂しさのようなものはあるけれど。
「それじゃあ、マンションの近くで食べましょう。なにか食べたいものはありますか? 靴下のお礼もしたいですし……」
「どこでも大丈夫です。でも、お礼なんて気になさらないでください。そこの売店で買ったものですし、好きでしたことですから」
でも、と言いかけ。もしかしたら、男におごられるのが嫌なのかもしれないと思い至る。
(おごりたいのは僕で……そもそも、おごりたいって思うのも、なんだか変な感じだな)
「分かりました、ありがとうございます。では、そうしましょう」
頷いて、歩き出す。
なんとなく思ったのとは違う反応だったけれど、拒否されず、こうして少し一緒に歩けるということが、なんとなく嬉しかった。
そう――嬉しいんだ、僕は。
誰かとこうして――しかも、女性と過ごせることが嬉しいと思えるなんて。そんな感情が自分の中にあるのが信じられないような、不思議な気持ちで。思わず笑ってしまうと、槙さんに首を傾げられた。
***
一旦解散した僕らは、夕方になって再び待ち合わせ、マンションから歩いて15分ほどの場所にあるバルに向かった。槙さんは昼に別れたときと同じ格好で、わざわざ着替えてきてしまった自分が、気合を入れすぎた感じがして少し恥ずかしい。
「何度か行ったことがある店なんですけど、なんでも美味しいんですよ。一品が小さめなので、シェアしないのを前提に、お互い好きなものを注文しましょう」
そう言うと、槙さんは少し微笑んで「良いですね」と頷いた。
「その方が、気楽ですもんね」
微笑み返しつつ、内心かなりホッとした気持ちになる。
なんと言うか――食事に誘ってから、槙さんとの距離がまた開いたような気がしていたからだ。
というか、実際に開いている。具体的に言うと、今歩いていても、腕を伸ばした以上の距離が開いている。そのため、しょっちゅう僕らの間を通行人が通って行き、その度に会話が途切れる。