「ボルダリングジムです」
***
「うわぁ……広いですね」
三駅ほど電車で移動し、ついた先は、槙さんの言う通りボルダリングジムだった。ここが規模として大きいのかそうでないのかは、こういったところが初めての僕には判断がつかない。けれど、広々としたスペースと、斜めに傾いた壁、そしてその壁にたくさん配置された色とりどりのホールド(と、言うらしい取っ手のようなもの)には、少し圧倒される。
「御前崎さんは、ボルダリング初めてですか?」
「あ、はい。ふつうのジムには行きますが、こういうところは初めてで……」
「でしたら、専用の靴とチョークを借りましょう」
「チョーク?」
「手につける、滑り止めの粉です」
槙さんに言われるがまま、道具をレンタルする。靴はどう考えても小さくて指先が痛いくらいだったけれど、「そういうものなので」と素っ気ない。
「ずっと履いている必要はありません。登る時だけ、履くようにしてください。あまり緩いものだと、踏ん張りが効きません」
「はぁ……」
客はすでに何人かいて、壁を登っている人や、それに声をかけている人、一人で汗を拭きながら壁を見つめている人など、様々だ。壁を登っていた人がパッと落ちて、思わず「危ない!」と声が出た。その人はボスッと音を立て、背中から床に敷いてある分厚いクッションマットに落ち、「くそー」と嘆いていた。
「あまり人に教えたことはないんですが……」
身体を解しながら、槙さんが呟くように言う。その目は、じっと壁を見つめていた。
「取り敢えず、やってみましょう」
「……はい」
そう、頷いたものの。自分よりも高い壁を、僕は恐々と見上げた。
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ボルダリングで爽やかな汗をかき、同行した槙と気楽におしゃべりしている自分に気付いた御前崎薫だが、槙から発せられたある言葉に否応なしに反応してしまう。