NOVEL

御前崎薫は… vol.4~怒れない~

(ご、誤解を解かねば……)

「ちょっとお待ちください!」

そう、外に向かって大きな声で怒鳴ると、「はい」とくぐもった声の返事があった。

急いで汗臭い服を脱ぎ、鞄の中から汗拭きシートを取り出してガっと身体を拭き上げる。Tシャツと黒のテーパードパンツを身に着け、「おまたせしました!」と再び玄関を開けると、槙さんは変わらずその場に立っていた。

顔を見ると、眉をぎゅっと寄せ、唇を噛みしめている。

(絶対怒った顔してる――!)

怒りたいのはこっちのはずなのに、すでにもう泣きたい気分に変わってきた。

 

「あ……あの……なにか……?」

しらじらしいとは思いつつ、自分から本題を切り出すのも怖く、おそるおそる尋ねる。もしかしたら、昨晩は酔いのせいで、相手が僕だって気づかなかった可能性もなくはない。急な訪問は全然違う用件だとか――と。

 

「昨晩は、大変失礼いたしました!」

そう、勢いよく頭を下げた彼女は、眉を寄せたまま唇を震わせていた。勘違いで怒っているのかと思ったけど、もしかして、泣きそうなんだろうか。勘違いから怒られないで済んだのは良かったけれど、玄関先で泣かれるのも辛い。

 

「あの。別に、大丈夫ですから。槙さん、酔ってらっしゃるみたいでしたし」

「いいえ。それは関係ありません。あの、これ、少しですが」

彼女が差し出してきたのは、やや大きめの紙袋だった。

「えっと……じゃあ、せっかくだから」

手に触れないよう恐々受け取ると、ずしりと重い。つい中を覗くと、見覚えのあるパックが入っていた。

「……プロテイン?」

「あの。お詫びの品と言っても、御前崎さんのことなにも知りませんし……ただ、この前お会いしたとき、プロテインジュースを買おうとしてたから、好んで飲まれるのかなと思って……その……」

だからお詫びにプロテイン、っていうのも、なかなか斬新だなと思いつつ、なんとなく心が解れる。

 

「こちらこそ、驚かせてしまってすみませんでした。えっと……」

わざわざ手土産まで持って来てくれたのだから、お茶くらい出すべきだろうか。でも、女性と部屋に二人きりなんて……しかも自分のプライベートに入れるなんて――正直に言って嫌すぎる。

すると、彼女も察したのか、「あの、これで失礼します」ともう一度頭を下げた。

 

「私……実は、その。男性がとても――苦手で。それで、昨晩も思わず、過剰に反応してしまって。御前崎さんは助けてくださったのに……頭が真っ白になってしまって」

「え、それって」

その感覚には、僕も覚えがある。ちらっと見ると、槙さんの足は小さく震えていた。

「男性、恐怖症……?」

 

ぽつりと呟いた声が聞こえたのか、槙さんはカッと顔を赤くすると、小さくこくりと頷いた。