「あっ、すみません。」
京子のひとつ前に並んでいた人の左手と京子の右手がぶつかる。
「どうぞ。」
「すみません、ありがとうございます。」
ぺこりと笑顔で小さく頭を下げ、トングを手に取った女性は、一言で形容するなら清楚。
どこか落ち着いた様子で、色白の女性だった。
ある程度皿が埋まり、満足した京子は、適当な席に着いた。
生ハムサラダを食べていると、隣から椅子が床を軽くける音がする。
見ると、先ほどの清楚な女性だった。
改めて全身をとらえると、白い肌にネイビーのロングワンピースが似合っている。
繊細なレースのデザインが、知的な雰囲気をまとわせている。
しばらくお互いに黙々と料理を味わっていたが、
―今のチャンスを逃したら、今日は誰とも話さずに終わってしまうかもしれない。
と思った京子は、思い切って話しかけてみることにした。
ローストビーフを口に運ぶ姿がきれいで、絵になりそうだ。
「きれいな手ですね。」
言って、しまったと思った。
―気持ち悪いと思われてしまったかも。
知らない人からいきなり発せられた第一声が、自分の体についてのことなら、うれしいと思う人もいるかもしれない。
だが、いやだと思う、不審に思う人が大半だろう。
「ごめんなさい。あまりにも食べ方がきれいだったから、つい口を出てしまって。」
「いえいえ、ありがとうございます。」
京子の心配には及ばず、女性は笑った。
それに安心して、京子は続けた。
「料理、おいしいですね。」
「そうですね。」
「どれも、ほどよい温度で…。」
「本当ですね。」
反応が悪いことを察し、京子はしばらく黙る。
―もしかしたら、そっとしておいてほしいのかもしれない。
それとも、ただ大人しいだけかしら。
迷いも生じたが、今日の京子は引かない。
もう一度嫌がられるようだったら、話すのをやめよう。
「こういった会に参加するのは初めてでびっくりしたのですが、思ったよりも人が多いですね。家族連れとか…。」
微笑んで聞いていた女性だったが、そこまで言って瞳が一瞬揺れたのを、京子は見逃さなかった。
触れてはいけない単語があったのだろうか。
「多いですよね。」
彼女の動揺が気になり、言葉がとぎれとぎれになってしまった。
「わたしも、久しぶりにこんなに人が集まる場に出て、刺激をもらいました。」
女性が話す。
「普段あまり人とはお会いにならないんですね。」
「はい。主人が、海外出張が多いので…。一人さみしく過ごしています。」
本当にさみしそうに言うので、京子は胸が苦しくなった。
会ったばかりで口にするのも迷う。
それでも、伝えておかなければ後悔する気がした。
「そうなんですね…。どうしてもさみしいときは、わたしでよければ話し相手になりますよ。…もちろんどうしてもというわけではないし、あなたの好きにしてね。」
不意を突かれて驚きながらも、ありがとうございます、と言った彼女の気持ちは、おそらく京子をいぶかしむものだろう。
少しでも不安を取り除けるように、京子は今の自分の状況を説明する。
いつでも話は聞くし、要望があれば占いもすることができる。
怪しいおばちゃんだと思うだろうけど、気が向けば連絡して、と連絡先を渡した。
はたから見れば、明らかに勧誘と間違えられるだろう。
だが、どう思われたとしても、京子は真剣だった。