「そういうこと」
「どうかしていたわ」
「そうね。でもまたどうして?」
質問の意味を取りかねて沙耶香が返す。
「どうして美佐恵さんかってこと?」
「いいえ。3,000万円ってところ」
顔をあげると瑞穂がまっすぐ見つめている。
興味本位というわけでもなさそうだ。
ナイフとフォークを降ろして沙耶香は姿勢を正した。
「自分で目指すより現実的でしょう?」
「だから、どうして?」
本当のところが知りたいと瑞穂の瞳が問いかける。
話してしまって良いものか、少し考えて沙耶香は続けた。
「前の事故のとき、思ったの。誰かを助けるには力が要るわ」
沙耶香が北海道の事故のことを言っていることはすぐに分かった。
あの時、レスキューに麓まで運ばれ、緊急搬送された少女のことを聞いた。
日曜日だったこともあり受け入れ先はなかなか見つからなかった。
もう少し早く搬送できれば、あるいは助かったかもしれない。
即死ではなかった。
止血しようと首を押さえていたとき、確かに少女の瞳は動いていた。
「ここに病院があれば」と沙耶香は強く思ったのだ。
もちろん救護室はある。
しかし応急手当にすぎず、生命に関わるような事態には対応できない。
「安全なレジャー施設を作りたいの?」
瑞穂が尋ねる。
「それだけじゃないわ。色々なことを知るほど、出来ることがたくさんあるの」
沙耶香の瞳には強い光が宿っている。
本気で思っているのだろう。
「ノブレス・オブリージュ」
瑞穂が囁くように口にする。
「持てるものの義務」
沙耶香もそれに応えた。
「やっぱり貴女のこと、好きよ」
瑞穂が楽しそうに微笑んだ。
「馬鹿げた考えね。自分じゃできないのに」
視線を下げ、伏し目がちに沙耶香が言う。
「大丈夫。貴女の願いは叶うわ」
不思議そうに見上げる沙耶香に瑞穂は続ける。
「私には見えるから」