「いえ、私も同じように思っていましたから」
二人は誰も残っていない廊下を無言で歩き続けた。
いつもなら、更衣室から会社を出るまで当たり障りのない話をして終わり。
ただ今日は違っていた。
「ね、時間あるかしら?よかったら少し付き合ってくれない?」
そんな会話を経て、沙耶香はこの場所にいる。
名古屋駅近くのタワーマンション。
最上階フロアのラウンジへ案内された。
美佐恵は家族でこのマンションに居を構えているらしい。
「お待たせいたしました」
グラスワインとサラダが運ばれてきた。
「結構、美味しいから。どうぞ」
ワインをひとくち、口にしながら美佐恵がプレートを指差した。
「戴きます。素敵なところですね」
沙耶香は思ったまま、口にする。
「そうね。落ち着くからよく使うの」
少し視線を泳がしてから呟くように続けた。
「仕事、やめようかと思って」
「え?」
唐突にそう言われて、沙耶香は視線をあげる。
補佐室に勤務するスタッフは22名。
その中で縁故組は7名。
いずれも会社の取引先の関係者だ。
だからといって、仕事ができないわけではない。
業務に向かない場合、他部署へ移動もあり得る。
美佐恵も帰国子女で語学堪能。英語と中国語に精通している。
「パパに言われて入ったけど、毎日キツイし。お給料も・・ね?」
確かに。
仕事の割に給料はさほど高くない。
年収400万円。新卒で入った頃から変わっていない。
次の誕生日で32歳だから、10年。
優雅な一人暮らしには程遠い金額だ。