「あまりお酒に慣れていないもので。どれがいいのかもわからなくて」
「普段はあまり飲まれないんですか?」
「はい。家で飲んだことはほとんどなくて」
「ほお、それはそれは。ではなんでまた今日は1人で飲みに? 慣れてないのに外で飲むのは勇気がいるでしょう?」
確かに外で飲んで酔いつぶれてしまったら、1人では帰れません。私はそのことを全く考えていませんでした。
「いえ、あの、その……ちょっと今、家に帰れなくて」
「ああ、まあ、そういう日もありますよね……ははは」
彼は苦笑して、表情を誤魔化すかのようにウイスキーをあおりました。
「そうだ、私『健一』っていいます。お名前を訊いても?」
首を傾げて大仰に尋ねる健一さんに私は応えました。
「清美っていいます」
「清美さん。健やかな名前でいいですね。お仕事はなにを?」
それから健一さんと仕事のことやお酒のことなどで雑談を続け、少しずつ親睦を深めて行きました。
どこかおどけたような、軽い話し方をする人のおかげで私の中の不安というか、警戒心がどんどん薄れていきました。とても明るい気さくな方のようです。
ですが少しまえにも似たような人に出会い、そして騙されたことを思い出したなんだか気分が悪くなりました。
「大丈夫ですか清美さん? やっぱり飲み過ぎたんじゃ」
俯き倒れそうになった私の肩を健一さんがすかさず支えてくれました。力強くすぐ椅子の方へ上体を戻してくれたのです。
「いえ、少し嫌な事を思い出してしましまして……」
「ああ、すいません。なにか気に障るようなこと言ってしまいましたか?」
「健一さんが悪いんじゃないんです。ちょっと最近嫌なことがありまして」
せっかく忘れていたのに嫌な思い出がどんどん吹き出してきます。母に怒鳴られ、恋人に蔑ろにされ、恋人の姉に蔑まれ、嘘をつかれていた思い出が瞬く間に回っていくのです。