ノンちゃんは『本命』の彼について隠すことなく話し始めた。
さっきまで一緒に居たのだが本妻の呼び出しで帰ってしまい、寂しくなって前の店で会った二人の老人と一緒に飲み歩いている事を告げ、泣きそうな顔をしていた。
ママは「そういう事があることを理解しての、今の立ち位置を選んだのは自分でしょ?」とノンちゃんを諭す。
2人の会話に入っていけなくなったリナは、左右の老人に話しかけるが会話はろくに続かなかった。
そんな時にレイラが客を連れて入店してきた。
ノンちゃんの声が聞こえていたのか、それともボーイの川内君が先に情報を伝えていたのか、ノンちゃんたちの席から見えない席へ静かに消えていく。
同伴の相手は、リナを馬鹿にしたあの中島だった。
リナが横目にそれを確認すると、ママと話していたノンちゃんが急に立ち上がった。
当然と言うばかりに、店中の空気が凍る。
まさか、レイラに言いがかりを付けに行く気ではないか?
誰もがそう思ったが、ノンちゃんが駆け込んで行ったのはトイレだった。
「あ~あ…飲みすぎでしょ。あの子…」
ママがぼやき、残された老人たちに微笑みかける。
付いて来るならば、孫位の年の子の面倒は見なさいよと言わんばかりのオーラが見える。
―さすがは、赤い薔薇のママだなぁ…―
リナは感心した眼差しを向ける事しかできなかった。
ノンちゃんがトイレに籠っている間に、残された客二人が会計を済ませタクシーの手配を頼んできた。
その日は何事もなくノンちゃんの嵐は過ぎ去り、レイラも全く気にしていない様子でリナとは一切関わる事なく、リナの上がりの時間を迎えていた。
玲子に戻り帰宅すると、今日は奈緒が裕也の面倒を見てくれていた為、子供たちは同じ布団で寝ていた。
枕元に開いたままの絵本があり、奈緒が裕也に読み聞かせをしながら寝てしまったのだろう事が解る。
「子供と会えないって…寂しくないのかなぁ…」
玲子は、息子と娘の布団を直しながら漏らした。
ノンちゃんは子供の話をした時に、リナに聞いてこなかった。
年齢を知れば、大体の客は「子供は?」と聞いてくる。
リナは年齢を偽っているため余り聞かれないが、古参のシホは見た目も年相応という事もあり、どの席でも聞かれているしシホも隠さずに子供の話をする。
夜の街で働く女達にも、色々な事情があるのだ。