玲子は殆どお酒を飲んではいなかったが、無性に悔しくてその場にしゃがみ込む。
自宅では娘の奈緒が、保育所には息子の裕也が待っている。
早く帰ってあげたいのに、自分の愚かさに打ちのめされて呼吸が苦しい。
花屋が営業していた頃。
店内で泣きはらしている女性を見たことがある。
事情を知らないまま、ただ泣きたいだけ泣いていい場所でありたい。
そう言ってくれた店はもうない。
「何で、潰したのよ!!!」
もうすぐ日が変わる時間でも、大通りに面した店の前には通行人もいたが、玲子は構わずに霞んだ夜空に叫んでいた。
息子を迎えに行って自宅に帰れば、母に戻らなければならない。
良いお母さんになりたい夢を裏切るつもりはないのに、自分の弱さを憎みたくなる。
奈緒を育てながらも、ホストクラブに通ってしまったのも自分の弱さだと今なら解る。
弱音を聞いてくれて、優しくされて、まるで理解して受け止めてくれるような顔をされて、その場は嬉しくて貢いだ。
ユウから店外デートに誘われるようになり、自然と体を重ねた。
罪悪感は常に後からジワジワと襲ってくるもので、罪悪感に苛まれている時にくる連絡には無性に苛立った。
それはただの我儘でしかないと、理解はしていた。
呼ばれても店に行かなかった時に、初めて男性に殴られた。
それまで父親にも、旦那にも殴られた事はなかった。
その時感じたのは、多くを求めすぎる自分の我儘を怒ってくれる人が現れてくれたという曲がった感情だった。
『愛』を語るにも、感じるにも、玲子は余りにも幼すぎたのだ。
そしていつの間にか、30歳を超えて今に至る。
日々の生活に追われて、どんなに働いても自分の為に費やすお金は殆どない。
意地だけで立っているリナに、玲子はついていけていない気がしてならなかった。
保育所で熟睡している裕也を連れて自宅に帰ると、キッチンで勉強をしながら寝こけている娘の奈緒がいた。
母親ならば自分を待って起きていようとしてくれていた娘に、感激するのだろう。
心にゆとりがあれば…。
しかし、その日の玲子は酷く疲れて切っていた。
明日も奈緒の弁当と朝食を作り、見送ってからスーパーのレジのバイトに行かねばならない。
裕也を背負っている抱っこ紐が肩に食い込み、寝息を立てている奈緒を起こすのも億劫になる。
「奈緒…ちゃんと寝て。こんなところで寝ないで!!…奈緒!!
ちゃんと、自分でやってよ!!!!」
我ながらただの八つ当たりに思えるが、玲子の精神力は限界だった。