NOVEL

【錦の女】vol.4~崩壊~

それは他愛もない事。

生き残るための盾を持たない弱者は、些細な事で落ちていく。

忘れられない記憶と、己の愚かさが導いた現実は余りにも惨めで、彷徨い、そして張りぼてのプライドは崩された。

 


前回▶【錦の女】vol.3~レッドアイ~

はじめから読む▶【錦の女】vol.1~「リナ」という名まえ~

 

中島は口数が多い方ではないが、ホステスではない店員に対しての態度は元から悪い。

アイス(氷)が少しでも解け始めると、黙って手を上げ代えろと指示を出す姿を何度も見かけた事がある。

 

井上の方は【RedROSE】の古くからの常連であるため、そこまでの事はしないが、川内君が来る前に開店当初から働いていた、年配のボーイは良かったと中島に話を合わせていた。

井上は中島と居る時だけ、面倒な客になってしまうのだ。

そんなこともあってか、ママの配慮で今までリナは2人がセットの時に席へ着くことは少なかったし、着くときは他に沢山のホステスをつけてくれた。

少なくともレイラと2人でという事はなかったので、今は顔なじみの井上相手でも勝手が解らない。

 

 

中島が舐めるように飲むロックグラスの水滴を拭くついでに、氷を足そうとした時だった。

 

「おいおい、せっかくのロックが水割りになっちゃうよ!」

 

中島は笑っているが、その目の奥は笑っているようには見えなかった。

隣に座っているレイラがする仕事をしなかったので、リナが手を出したつもりが不快にさせてしまったようだった。

 

「高いお酒は、飲み切りですよ。リナさん」

レイラが猫撫で声でリナを諭し、中島の機嫌を伺うようにグラスをリナから奪って手渡した。

「リナちゃんは、酒そんなに強くないからねぇ!知らなくても仕方ないからさぁ。

普段はそんな飲まないんでしょ?」

すかさず助け舟を出してくれたのは、常連の井上だった。

「はい・・・すみません。知識不足で・・・」

 

井上は豪快に笑い飛ばして、リナは「この擦れていないところが売りなのだ」と持ち上げてくれたが、居た堪れない気持ちは拭えない。

「君、いくつなの?」

中島がリナの顔を覗き込んでくる。

店では、25歳と言うようにしている。

 

今では、30歳を超えたホステスなんて珍しくもないが、夜の仕事だけでなく社会経験さえない玲子は、ある程度のミスは「若いから」で許されるように店内では口裏を合わせている。

勿論、子供がいる事もママにしか話していない。

 

25歳です」

 

目の前にいる中島の表情よりも、隣に悠々と座しているレイラの方が気になる。

ぷっくりとしたピンクの唇を引き上げて、自分専用のグラスに口を付けて笑いをこらえているように見えた。

 

「そうかぁ、じゃあレイラよりは年上なんだね。幼く見えるけど」

乾いた笑いが耳につく。

「この仕事初めてどのくらいなの?」

1年になります」

 

中島がこんなにリナに声を掛けてくるとは思わず、リナも真面目に返答した。

井上も少し驚いたように、大きな目をぎょろっとさせレイラを挟んで中島を覗き込んでいる。