「そんなに働いてるなら、毎回同じスーツはダメだろ。俺が来るたびに、同じスーツだよね?ホストにでも貢いでるの?」
軽快なトーンではあるが、嫌味にしか聞こえない。
リナが堅く唇を噛むと、すかさず井上が口を開く。
「そんな事いうなら、中島社長が買ってあげたらいいわ~。
金持ってるんだからさぁ。ハハハハ~」
大きな笑い声がフロアーに響いた。
誰も、ホステスのスーツについて笑っているとは思っていないのだろう。
気の利く川内君さえ気づいていないようだ。
中島の声が小さく井上の笑い声が大きいからか、盛り上がっている席のようにしか周りからは見えていないようだった。
居た堪れないのは、笑い者にされているリナだ。
その後の会話は全く入って来ない。
数分後に、しょーこママが席に滑り込んできた後はその会話がされることはなかった。
常連客の団体が流れてきて、リナはすぐに席を移されたが、笑われた記憶だけは消えない一夜となった。
玲子に戻って夜道を歩く。
3月下旬になり何処かで桜の開花が確認されたとニュースでやっていたが、錦の街の夜風は冷たい。
店から自宅のアパートまでの30分を歩くために、玲子はスニーカーに履き替えて、重い足をひたすら前に押し出すように歩く。
夜間でも預かってくれる保育所に裕也を迎えに行かなければと思いながら、その足は自然と保育所の先にある、今はもうやっていない店の前に向けられていた。
【貸店舗募集】の看板がシャッターに張られている。
レイラが入店する前に通って居た花屋【ラナンキュラス】があった場所だ。
入店したての頃から、辛い事も悔しい事も沢山あった。
その度に、負けるものかと歯を食いしばっていた玲子に「花を飾ってください」と言ってくれたマスターはもう居ない。
「こういう時に、買いたいのに…」
玲子の独り言が、地面に落ちていく。
錦三丁目付近には、深夜営業している花屋は割と多い。
夜の店への需要があるからなのだろうが、何回か行ったことはあったが、何故か居心地が悪い。展示してある花には生気がなく、買う気になれなかった。
「切り花は命を短命にしている…だから、なるべく薬は使わない」
その意味を、無くして初めて理解できた。
「夜の女もまるで切り花。無理して若作りしても、新鮮じゃない。
私はまるで…薬で枯れないようにされている、切り花みたいだ」