ママが差し出してくれた名刺は、黒味のある赤で【ラウンジ RedROSE】と記されていた。
「うちでよかったら、いつでも連絡を頂戴ね」
赤い風が去っていく。
甘く刺激的な香りを漂わせて…。
31歳になってしまった、職歴なしのシングルマザーを拾ってくれた恩人。
右も左も解らないまま飛び込んだ世界で、1年もやってこられたのはママのおかげだと玲子は思っている。
だからこそ、新参者にとやかく言われる筋合いはない。
「このスーツは、ママから貰ったものだから。何か、あなたに迷惑かけたのかしら?」
レイラの軽口に、対抗してくる者は今まで居なかった。
それは周りが大人だからであるだろうし、同年代の女子からしたらレイラは売れっ子の目指すべき目標でもあったからかもしれない。
10歳も年下の小娘と対等にやり合うのも馬鹿げている事は承知の上で、リナは強く言い放ちその場に居座り自分もメイク直しを始めた。
いつまでも、ただの世間知らずのままでいる訳にはいかない。数年を過ごして、玲子はリナという自分に辿り着いた。
だからこそ、譲れない事がある!
それを、〝まだ幼い″と思われても構わない。
リナになって、まだ1年なのだから。
「へぇ、そうなんですね。ママがぁ…いいなぁ!ママのスーツ貰えるなんて、羨ましいです」
レイラは吐き捨てるように言って、乱暴に控室のドアーを閉めた。
それが、始まりのゴングのように…
一人になったリナの耳に残る。
Next:3月25日
ある日、客の入りが遅く待機が21時まで続いたラウンジ勤務のリナ。待機中ボーイの川内から声がかかり、あることを告げられる。