悪女が、ただの女になった瞬間!!
今まで、簡単に超えたきたその一線への戸惑い。
重ねた唇の先へ…莉子は変化を求めた。天然悪女は、落ちたのか?それとも、落とされたのか…?
前回:悪女 ~ Movement of the mouth ~ vol.8
昭人から夕食に誘われるようなった。
個室の部屋を予約し、帰りには洒落たBARに立ち寄ってから、タクシーで家まで送ってくれる。
仕事の話は一切せずに、昭人が好きな車の話や、唯一の趣味である釣りの話等、見た目とはちょっと違った一面を見て、莉子は微笑んでいた。
元アナウンサーだからなのか、話の展開力にも長けているし、飽きさせない会話は楽しかった。
莉子は、昭人の口元を見ていられるだけで幸福感を覚えた。肉体的に与えられるエクスタシーよりも、ある意味刺激の強い欲を感じる。
昭人とのディナーも回数を重ねていけば、その距離は近くなる。そう願って、仕掛けていっても、昭人は左口元を少し上げるだけで、自分から手を出そうとはしない。
そして、互いの暗黙の了解のように、『小枝子』という名前だけは、会話に上がらなかった。
昭人と会うときは、ネイルデザインを自分の好みなテイストに変えていく。
服装も、トレンドよりも、気に入って購入したが、タイミングがなく着ていなかった服を選んだ。
昭人は莉子がこだわったファッションを褒め、アクセサリーのブランドまで言い当ててくる。
―女慣れしている…―
そんな、当たり前のことにさえ、ジェラシーを覚える。
莉子は、遅咲きの女子モードに酔いしれていた。
「じゃあ。また…」
タクシーで先に莉子を下ろし、笑顔で手を振る昭人を恋しく思う。
『泊って行かない…?』
そう告げたら、どう変わるのだろうか?
まだ、ギリギリの一線を踏み外してはいない関係の二人。
もし、肉体関係を持ってしまったら、また何かが変わるのかもしれない。
―変化が欲しい。―
恋しそうな視線を昭人に送っている自分を自覚して、莉子は唇をぷっくりと少しだけ突き出した。
『お願い、行かないで…』
こんな感情を持ちながら、この表情をするのも初めてだった。今までの莉子からしたら、これは男を制する武器であり、餌付けの餌だった。
でも今は明らかに違う。
昭人も、莉子から視線を逸らさなかった。
「すみません。僕もここで降ります。」
昭人はタクシー運転手にそう告げると、胸ポケットからVUITTONの財布を取り出し、万札を一枚出して「お釣りはいいです」と告げ車を降りた。