そして小枝子に向けられたものというよりは、莉子へ向けられたものだ。莉子は直感で解る。
小枝子と向き合った時には見せない、わずかな唇の引きあがり。
―彼が私に、意識を向けている!―
その確信が外れた事は、今まで一度もない。
端からの負け戦に挑む気はしないが、イーブンの可能性でも残されているのなら挑む価値はある。
ただ挨拶を交わしただけ。小枝子が莉子のことをどう紹介しているのか、その情報は全くない。
先に与えられている情報によっては、危ない賭けかもしれない。
でも…
―だから、楽しいんじゃない!―
莉子の腹が決まった瞬間は、彼の左側の唇のわずかな動きだった。
このチャンス。生かすも殺すも自分次第。そうやって今までだって、渡り歩いてきた。
それは、生きていくフィールドを作り上げるために。
36歳独身。個人事業主のネイリスト。高層マンションを30歳で手に入れた、やり手のビジネスウーマン。
女性向けファッション雑誌に取り上げられた時についたタイトルは、
『可愛いビジュアルからは想像できない、彼女のビジネススタイル』
そこには、出来る女の起業家の莉子がいた。