小枝子に皿を出すように指示を出した彼。皿をとるために、下の方にしゃがみこんだ小枝子。
小枝子が横にいなくなった瞬間に、昭人が莉子の方にちらっと視線をよこして、優しく口元を引き上げた。
綺麗でセクシーな微笑。
莉子は素直に照れて、彼の口元から首筋を見つめて、コクリとお辞儀して返した。白い肌に黒いシャツの間に浮かぶ首筋を見つめながら、莉子は気づく。
『あんたって、本当に天然悪女だよねぇ』
大学時代に、横に大きく広げた楕円の口で、小枝子に言われた言葉が蘇ってくる。莉子は慌てて、小枝子の姿を探したが、小枝子はまだ立ち上がっていなかった。
―こんな視線、小枝子に見られたら、やばかった!―
少しの安堵を覚えて、彼に視線を戻すと、彼は細い唇を一文字にして、鋭い視線を莉子に投げてきていた。
―え?…これは、どっち?―
莉子の思考の回転が、機能しない。細めの切れ上がった奥二重。その瞳は確実に莉子を捉えているが、口元からは何も響いてこない。
普通の男なら、言葉より視線より口元が語ってくる。全く緩んでいないその口元は、拒否なのか?莉子は不安で潰されそうだった。
そんな時に、タイミングよく小枝子が顔をだし「こっち?どれよ!」と、慣れた二人の会話が始まった。
小枝子には口を緩めるが、言葉を発する口の動きは、横顔でも確かに綺麗なのは解る。莉子は視線を逸らし、室内を見ているふりをして耳だけ傾けていた。
―どう仕掛けたらいいのか、全く向こうの意思が解らない。私に興味がないってこと?小枝子が好みで、私は論外ってこと?―
不安を抱えたまま思考を巡らせる。初めて出会えたベストな口元の男を目の前にして、動揺している自分を莉子は自覚した。
昭人本人を見るまでは、『小枝子の旦那』という漠然とした感覚で値踏みし、何かを仕掛けてやろうとは思っていた。
だが、この感覚は違う。
小枝子への嫉妬心から、明らか昭人への興味にすり替わっている。そんなことをグルグル試案しながら、もう一度キッチンに視線を向けた時だった。
小枝子の方に顔を向けて会話をしながら、チラッと莉子に視線を送ってきた昭人を捉えた。
その口元の左側が、小枝子と話しながら明らかに一瞬上がった。
笑ったのではない。
これは『征服感』だ。