アンバランスな二人の私生活に飛び込んだ天然悪女、莉子。
未だかつてない、欲望と刺激が唇を揺らす…
前回:悪女 ~ Movement of the mouth ~ vol.4
遊川昭人(ゆかわ あきと)48歳。
破天荒な小枝子と入籍した男。
昭人は薄らと微笑を浮かべたまま、リビングの方に引き返していった。もう少しでローストビーフが出来上がるから、目が離せない。と言って慌てていた。
その広く形の良い肩のラインから流れていく広めの背中。彼は年齢の割にボディメンテナンスを怠っていないのだろう。
莉子はこっちを見てほしいと思った。整ったボディラインよりも、その綺麗な唇の動きが見たい。
そんな衝動に駆られたのは、初めてだった。
そう感じながら、小枝子に促され、莉子も昭人が向かったリビングに入る。
40畳はあるだろう、ダイニングキッチンとリビングルーム。部屋全体が、小枝子の好みが際立つ装飾品や家具が備えられている。
キッチンで後ろを向いたまま、手際よく料理をしている彼の雰囲気とは全くあっていない。彼が生活するならば、もっとシンプルでモノトーンな空間の方があっている気がする。
何故彼が小枝子を選んだのか?
色んなバランスがあっていない。
合っていないのは、シンプルで紳士的な黒いワイシャツには合わない、普段は小枝子が好んで使っているだろう予想がつく、蛍光色強めなグリーンのエプロンもそうだった。
傍から見て、この夫婦は続かない。
莉子はそう感じた。
見せつけるように左の薬指に光るリングはシンプルだった。その他の指にはめられているリングはゴツく、小枝子らしい。
小枝子はそんなことを観察している莉子の心の在り処を知ってか知らずか、久々の再会を喜んで、莉子を派手なカバーがかけられているソファーに座らせ、その横を陣取って、一方的にしゃべっていた。
「莉子は本当にいつまでも若いなぁ。」
そう言われて、莉子は小枝子の顔をまじまじと見る。そういう小枝子だって36歳には見えない。
20代の頃は実年齢より年上に見えたが、そのまま年を止めたようだった。