この男は、小枝子のような開けっぴろげな女は抱かない。
最初からアンバランスさを感じていたのに、そこを見抜けなかったのは、莉子の初黒星だ。
でも、これ以上は莉子のプライドが許さなかった。
「何を…」
まだ、白を切り続けるなら、もう終わりだ。
その綺麗な口元を、歪ませて失望させないで欲しい。莉子は視線を逸らし、帰りの用意をするために、部屋に戻る。
タクシーを呼ぼうか、そんなことを考えていた時だった。
昭人が勢いよく、莉子を後ろから抱きしめた。
「違う。好きだ!本当に…好きになってしまった。出会いは、間違えたと思う。小枝子から…刺激的なゲームをしないかと言われた時は、はっきり言って…こんな気持ちになるなんて思わなかった…。だけど!!」
―あ~あ…ダサい。―
莉子は、昭人の手をゆっくりと引き離した。
「素敵なひと時を有難う。楽しかったです。でも、需要と供給がかみ合わないと、ビジネスって成立しないじゃないですか?」
莉子の存在価値は、ビジネスと直結している。
ゲームの材料にされるなんて、真っ平ごめんだった。
『恋』のゲームはあっけなく幕を閉じた。
どうしても送ると強く言い張る昭人を振り払うように、コテージを出てからよくわからない道を一人で歩いていた。
夜空の星は綺麗だった。
莉子は、小枝子に電話を掛けた。
「ねぇ、小枝子?…それなりに楽しかったよ。随分と手の込んだ仕掛けまで…本当に、飽きないね。でも、簡単すぎて…拍子抜けだった。」
満天の星空のようにアレンジした、莉子のネイルに雫が流れていく。
雨なんて降っていないのに…。
『恋』は、流れ星のようにあっという間に消え去る。
あと腐れもなく。
―でも…まぁ、今までの男の中では、一番の…男だったよ。―
これは、小枝子には言わない。
星を見上げながら、他愛もない話をして、わざと口を歪めて、内股に歩く。
雁字搦めにされた、『悪女』という道は、きっと、どこまでも…続いていく。
だから、今だけはせめて、「その方が良い」と、最高だった男が残した女でありたかった。
―嘘つきで、憎らしい…美しい口元。初恋の終わりは…しょっぱい秋の気配がした。―
END
前回▶悪女 ~ Movement of the mouth ~ vol.9
はじめから読む▶悪女 ~ Movement of the mouth ~ vol.1