NOVEL

悪女 ~ Movement of the mouth ~ vol.10

互いに身体を寄せ合うだけの沈黙の時が、こんなにも心地よいとは知らなかった。

先に口を開いたのは、昭人の方だった。

「風呂…行く?」

「うん。」

 

「立てる?」

 

優しい声の響き。どんな時も紳士的な男性。

 

 

でも、これは、莉子だけのモノにはならない男。

 

 

莉子は昭人の口元から、視線を逸らす。

 

「じゃあ、ちょっと待ってて。準備してくる。」

「…うん。」

 

暗がりの中で、昭人の影だけを見送る。

今が、きっと一番の至福の時。

 

 

その時だった、ベッドの下に置いたままのカバンの中で、バイブ音が鳴り響いている。

莉子は、身体をよじらせ手だけを伸ばす。

 

薄闇に光るスマホの明かり。

画面を見ると…

 

 

『小枝子』

 

の文字が飛び込んできた!

 

「え…。」

 

体中に沸き上がっていた熱が、急速に失われていく。震える手で、スマホを眺めたまま莉子は固まっていた。

『ジロウ』の妻の時に感じた、あの怒りではない。

焦り…憤り…そして、初めて感じる恐怖。

 

莉子は画面を見つめたまま動けなかった。

そして、ピタッと着信が止まり…少しほっとした直後に、LINE通知がくる。

開けなくても表示される、一文だった。

 

『アキトは美味かった?』

 

莉子はスマホを落とした。

頭が真っ白になるとは、こういう事なのだろう。