ネームプレートをチラッと見ると、彼の職業は弁護士のようだ。弁護士ということは、高収入に違いない。顔が好みでないから最初は気づかなかったが、着ているスーツも高そうだ。私は一応、彼に愛想笑いを返した。
「私、岡田と申します。あまりに綺麗だったので、声をかけてしまいました」
自己紹介をするや否や私を口説こうとする岡田さん。だけど、私は少しのトキメキも得られない。仕事の話や趣味の話を一方的にされるけど、私は全くもって興味を持つことができなかった。
「すみません、ちょっとお手洗いに」
何とか岡田さんの話を遮り、トイレへと逃げ込む。鏡を見て自分の顔を確認する。うん、可愛い。
だけど、私は会場に戻る気になれなかった。私がどんなに可愛くたって、相応しい男性がいなければ意味がない。どの男性を見ても、斗真と比べてしまう。
斗真はもっと背が高かった。
斗真はもっと優しい話し方だった。
斗真はもっと私の話を聞いてくれた。
私にとって、斗真はただのアクセサリーだと思っていた。だけど、斗真はアクセサリーではなかったのだ。ちゃんと、私は斗真のことが好きだった。別れた後で、自分の気持ちにやっと気づいた。
しばらくトイレに閉じこもっていた私が会場に戻ると、辺りには一対一で話している男女が数多くいた。きっと、カップルが成立しているのであろう。会場に一人でいる人は、いわゆる残り物。もちろん、私が話したいと思う男性はいなかった。
私はネームプレートを外し、近くにいたスタッフの人に渡した。「良い人いないんで帰ります」と。そんな私に驚いた顔をして引き止めようと声をかけられるも、私にはそんな声聞こえなかった。呼び止めようとする声を無視して、私は会場を後にした。
家に着くと、いつもの日常に逆戻り。携帯を見ても、斗真から連絡が来ているわけなんてない。付き合っていた頃は、斗真からの連絡が来るだけでも嬉しかった。
なのに、私は斗真に自分の気持ちを伝えることができなかった。斗真の優しさに甘えてばかりだった。今さら後悔したって遅いのはわかっているけど、何かしらの結婚できない理由を作りたかった。
大した連絡も来ていない携帯を私は手放してベッドに寝転ぶ。化粧も着替えもしていない。可愛い私が台無しだ。だけど、今はそんな気力が起きなかった。
ベッドに寝転がっているとだんだん眠気が襲ってくる。思わず目を閉じてうとうとしていた私だが、急に鳴るスマホの着信音に起こされる。
「もしもし」
着信相手も確認せず半分回っていない頭のままで電話に出る。「もしもし、莉奈。真奈
だけど」と声が聞こえた。姉からの電話だったのだ。
私の2つ上の姉。母親似だった私と比べて、姉は父親似だった。だから顔は全然似ていなかったし、はっきりした顔立ちの私とは正反対で姉は地味な顔立ち。いつも「可愛い」と褒められるのは私だった。