「さ、片付けたらゆっくりなさい。いくらでもゆっくりしていいのよ。なんせこの家は加奈恵の味方ばっかりなんだからね」
加奈恵は涙がこぼれそうになるのをこらえ、ただ、「ありがとう」とだけ小さく呟いた。
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「ただいま。……あれ? おじいちゃんとおばあちゃんは?」
「今日は二人で出かけるんだって。映画を観るって言ってた。最近ばたばたしてたから、たまには二人で遊んで来たらって、私が勧めたの」
「ふうん」
学校から帰ってきた春樹は、それを聞いて珍しそうにしていた。
「そうか。……二人で、遊びにね」
春樹が小さく呟いて、鞄を置いた。台所の方に向かい、冷蔵庫を開ける。お腹が空いているのだろう。
「……私と、お父さんは、あまり一緒に遊びに行かなかったわね。春樹、あなたも連れて行ったりとか、あまりしなかったから……」
加奈恵はそう呟きながら自嘲するような笑みを浮かべた。春樹は恐らく、夫婦が一緒に遊びに行くと言うことが珍しく感じたのだろう。加奈恵と裕司は、あまりそういった姿を見せてこなかった。当然、春樹も幼い頃から遊びになど連れ出さなかった。
「寂しい思いをさせてきたわね」
「いいよ」
春樹はそう返したが、本音ではどう思っているか分からない。しかし、春樹は次にこう呟いた。
「あのね、桃木のことだけど……。その、言いづらいんだけど……」
「なに? 桃木さんに何かあったの?」
「あ、いや、そんな大したことがあった訳じゃなくて。その、えっと……。付き合うことになったから」
「そうなの!? あら、良かったじゃない!」
「別に……」
加奈恵が大げさに喜ぶと、春樹は照れているらしく、顔を背けて、冷蔵庫から出したペットボトルのジュースをぐいっと一気飲みした。
「ただ、お母さんが桃木のこと心配してるみたいだったから。大丈夫、縁切ったりなんかしてないよ」
「そう……。本当に良かったわ」
春樹が裕司に言われたことで逆らったのは初めてだ。良かった。この子はちゃんと、正しいことを自分で選択出来る。
春樹は変わりつつある。そして、きっと、自分も。加奈恵はそう思った。
きっと、二人ともいい方向に向かっているのだ。
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