NOVEL

妻のトリセツ vol.10 ~二人で共に~

そして、それから一か月後。

 

「加奈恵、春樹。気を付けてね。もしまた何かあったら、いつでも戻ってきなさいね」

「親を頼るくらい、いくらでもしろよ」

 

母親と父親が玄関先まで見送ってくれ、加奈恵は春樹を連れて二人で実家から出て、引っ越しをすることになった。

 

「うん、ありがとう、お父さん、お母さん」

「おじいちゃん、おばあちゃん。その……お世話になりました」

 

礼儀正しく頭を下げる春樹を連れて、加奈恵は何度も手を振った。

 

「ええと、どこだったかしら」

「こっちだよ。何度か乗り換えなきゃいけないんだ。まずは市営東山線だね」

「何番線?」

「高畑行だから、2番線だね」

「あら、頼もしいわね。もう、私よりしっかりしてるみたい」

加奈恵を先導する春樹は、やめてくれよ、と、照れと呆れが入り混じったような声を上げた。

 

「ん」

 

と、先を行っていた春樹が立ち止まって、加奈恵の方に手を差し出している。

 

「荷物、持つよ」

「大丈夫よ、これくらい。春樹にばかり持たせられないわ」

 

加奈恵はそう言って、朗らかに笑った。春樹も微笑んでいる。

 

……今でも勿論、しょっちゅう裕司のことを思う。けれど、彼とはもう違う人生を歩むことに決めたのだ。彼が今は私たちのことをどう思っていようが、彼がこれから先何を考えてどんな選択をしようが、それはもう既に私には関係の無いことだ。

 

呪縛から解き放たれて、前を向いて生きて行こう。大事な息子と共に。

 

加奈恵はそう思うと、春樹の隣に立って歩き出した。

 

 

END

 

 

前回▶妻のトリセツ vol.9 ~『加害者』の座談会~

はじめから読む▶妻のトリセツ Vol.1 『理想の彼女』の押し付け