「…この件に関しましては、プライベートなので黙秘します。…資料、ありがとうございました」
「待って…」
島田は、踵を返してその場を離れていった。足音がいつもよりも大きく会議室に響いている気がする。会議室の扉に手をかけたとき―
「私から、もうこれ以上何も、盗らないで」
そう、一言だけ呟いて、島田は会議室を後にした。
◆
暫くの間、私はその場を動くことができなかった。島田から受けた言葉は、予想外な内容が多かった。
「私から、もうこれ以上何も、盗らないで」
彼女が去り際に吐いたその言葉は、山下課長と喋るまでの私だったら、逆上していただろう。山下課長と交わした話の内容は、そこまで濃いものではなかったが、それでも話をできた安心感から幾分か落ち着くことができていたのだろう。
「盗らないで」
その言葉は、むしろ私から彼女に伝えたかった言葉だ。もし、タイアップが白紙になった件に彼女が関わっていたなら、私の仕事も、恋人も、彼女に全て盗られたことになる。しかし、当の本人が、そのことは一番自覚しているはずだ。それなのに、彼女からは「盗らないで」という言葉が出てきた。やはり、まだ私が知らない彼女がいるような気がする。
私も十分傷を負っている。彼女に私から歩み寄るなんてことは、非合理的だし、感情的にも絶対に取りたくない行動だ。しかし、これを避けてしまうと、これから何か大きなものを失うような気がする。
「盗らないで」
その言葉は頭から離れなかったけれど、まずは次に歩を進めよう。そう思った。
◆
今日はコンビニに寄ることはなかった。そのまま真直ぐに家に帰り、シャワーを浴び、一人で映画を見た。結局島田からは新しい情報を得ることはできなかった。しかし、彼女の本音の部分をかけらでも引き出せたのは良かったのかもしれない。
恐らく島田には、私に対する思いが何かあるのではないかと思う。かといって、雅と二人でいたことや、そのことを雅が隠していることは、納得することができない。今日は酒が入っていないためか、頭はすっきりしている。
まずは、島田に話をしてもらうことが先決かもしれない。そこが進まなければ、次の一歩を踏み出す先がわからない。