その時、部屋の扉が開いた。その先には汗を流してこちらを見つめるノアさんの姿があった。手には光るスマートフォンが見えた。私の先程の写真を元に探しにきてくれたようだ。
それに気づいた時、私は氷の様な表情が崩れていくのを感じた。
突然の見知らぬ男の乱入に両親の顔色が変わる、相手方は呆然とするばかりだ。
「ねぇ、夢は繋がった?」
ノアさんは息を弾ませながら、私に手を伸ばした。
「うん!」
私はその手を強く握りしめると、2人で部屋を後にした。
混乱する両親たちの顔、でも1人だけ、残されたお見合い相手だけが、ふっと楽しげに微笑んでいた。
未来はまだ分からない、でもこの駆け出した足は本当だと思いたい。
◆
そのあとは本当に大変だった。だけど世間を騒がせることを一番嫌う両親と、相手方の両親を宥(なだ)めてくれた縁談相手のおかげで、私は何とか大学に戻ることができた。
その後、賞を取ったことで両親は周りからの賞賛で私への恨みごとが言えなくなったことは爽快だった。
弟は相変わらず、私のことは虫けらを見るように見ていたけれど。
そんなことはもう気にしない。
◆
あれから数ヶ月経って、私はノアさんを恋人にしたことの”代償”を知った。
私たちが出会った時「店全部の花を買い取る」というノアさんの提案をあっさり私が受けたので、とんでもない額の請求が実家へ来ると思いきや、どうやら祖父とノアさんの間で協定が秘密裏に結ばれていたらしく、実家と祖父母の家に毎月、お勧めの生花を送るという「花を無駄にしない」やり方で収まっていた。
美しい花で家を彩るということは変わらないまま、私の暴走じみた行動は把握されて管理されていたのだ。
どんなに自分勝手に振る舞っても、祖父にはやはりかなわなかった。
それを知ったのは全てが終わってから。
特待生としてヨーロッパへの留学が決まったあと。
家が毎日、溢れんばかりの花で埋め尽くされていなかったと知らされたのだった。
出発当日、私はスーツケースを転がしノアさんの花屋に足を運んだ。
季節はもう秋にさしかかろうとしている、銀杏の葉がゆっくり黄色く染まっていく。
「いらっしゃい」
「お久しぶり、ノアさん」
「茉莉花、元気?」
いつもと変わらず、少しだけ髪の毛が伸びたノアさんが何も変わらない姿で待っていてくれた。
「これから出発なの」
「そうか、気をつけてね」
「私に会えなくて寂しい?」
”一緒に行かない?”
冗談めいて言った、少し寂しげな本音。
「そうだね、でも茉莉花が元気ならそれだけでいいよ」
私は、彼の眩しさに目を細める。
そんなところが、綺麗な顔と同じように好きだったんだ。
「ありがとう」
「茉莉花、この花をどうか連れていって」
そっと差し出したのは一房のドライフラワー。
「はじめて会った時にノアさんが持ってた花」
「ペンタスというんだ。あの時の花をドライフラワーにしていた。いつか渡そうと思ってたんだ」
細くて大きな手のひらが私の手を優しく取って、リボンで包まれた花を手渡す。
「僕からのお守りだよ」
私は頷くと、手を振って花屋を後にした。