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夕暮れ時、ハイヤーに乗っている私たちの顔に西日が差していた。
ノアさんの勤める花屋まであと少し。どうやら急な仕事が入ったようで戻ることになって送っていくことにした。
今日もマリリンの投稿した「西瓜って甘い〜」という、先程の投稿に“いいね”が沢山ついているだろうな。
心の中がもやつく。インフルエンサーMarilynと財閥令嬢の万丈茉莉花。そして本当の私は違う。どんどん近づこうとそれを望んでいたのに剥離していく。苦しくて。悲しくて。
別れの時までもう少し、あとはお見合い当日。私の隣に立って恋人のフリをしてくれるだけでいい。
誰でも良かったはずなのに、いつしか全てが欲しくなっている。
でも、私は彼の何も知らないし、お金で身勝手に付き合わせている。
剥離した本当の心が、怖がっている。
だからこそ、あんな一言を言ってしまったのかな。
もう花屋に着いてしまった。じゃあねと扉を閉めようとするノアさんを思わず呼び止めた。
「ねえ、ノアさん」
振り向いた綺麗な彼に、私はこう叫んだ。
「本当に私と付き合わない?私と結婚したら一生お金持ちだよ」
嗚呼、嫌な女。今までもこうやって彼氏を無理矢理縛りつけたこともあった。
「苦労させないよ」
”いいね、乗った”
”金でお前に縛られるの?ざけんな”
色々な反応だった。男たちの姿が脳裏を通り過ぎていく。彼はなんて、言うのだろう。
夕日に照らされた彼の横顔からは、何も感じることができない。
戻ってきた彼の顔は微笑んでいる様だった。
「茉莉花、君はそれで幸せなの?本当の望みなの?」
そう言われ、私が見てきたどの反応にも当てはまらず頭がバグる。
「君の人生って、なに?」
バタン、と扉が閉められ車が発車する。
そっと振り返ると、ずっと車に手を振る彼の姿が見えた。
◆
残された私は、帰りたくない家に戻される。
家には冷たい瞳をして私を見もしない父がいて、ブランドものしか興味のない母がいて、跡取りとして誰よりも優越感と学を持った弟がいて。そんな家には私の居場所などどこにもなくて。
戻るなり、部屋に閉じこもった。
今日はインスタの配信日だった。
でも、もういいや。
”Marilynちゃん、今日は配信しないの?”
”なに?彼氏と喧嘩でもした?”
五月蠅い、五月蠅い、私はスマホを放り投げ、ベッドに倒れ込むと枕で顔を覆った。
とんでもなく、惨めだった。
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第一章最終回!お見合いが始まる直前、大学から茉莉花が匿名で応募していたデザインが賞を取ったと連絡があった。夢と現実の乖離に苦しみながらも茉莉花は意を決する。