喫茶店「摩天楼」
渋い昭和の香りが漂う真夜中まで営業している純喫茶だった。
カランコロンと扉の鈴が鳴ると、小さなカウンターにいた店主がアオの姿を一瞥(いちべつ)すると
軽く頷いた。どうやら彼はここの常連らしい。
「あそこ、座るね」
店主に店の奥のテーブル席を指差すとさっさと進んだ、そして古く少し音のなる椅子に
アオは座った。
「あ、ちょっ」
聖奈も思わずついていき、軽くアオを睨むと向かい側に座る。
「あ、マスター、俺、ブラック」
そう言うと、いい?iQOSを取り出し聖奈に無言で了承の目を向けた。聖奈は構わないと
軽く頷く。すぐに吸う男もいるのに、若いくせに。と聖奈は少しだけ顔を緩ませる。
「あ、私も同じので」
聖奈はそう言うと、ふうと息を吐いた。
彼女にかからないように真っ白な煙を吐いたアオは
「今日もあそこで仕事だったの?」
「そっちこそ。だからいたんでしょ?」
「いや、今日は店休み。俺は同居人の迎えにきただけ」
へえ、と聖奈は運ばれてきたコーヒーカップに口をつけながら、ふっと微笑んだ。
「彼女いるんだ」
「彼女っていうか〜、パトロンかな?」
パトロン?あまりに耳馴染みがなさすぎて、聖奈は思わず瞳をぱちくりさせた。
「なに?飼い犬なの?君」
「ま、そんなとこ」
「面白いー、何年くらい飼われてるの?」
「んー、3年くらい」
非現実で非日常な会話だと言うのに、どこか知的な雰囲気もある。
見た目はとてもチャラいのに、聖奈はどこかこの謎の男に興味を持ち始めていた。
「同居人さんとはどこで知り合ったの?」
「お、いろいろ聞くじゃん」
「あまり周りにそういう人、いなさすぎたの」
ふーっと、静かに煙を吐く。アオの吐息がヤニで少し汚れた壁に溶けていく。
「俺、この辺の元ホストだったの、そこの元太客」
「ふと..?なに?」
「ま、お得意さんってこと」
へえーと、素直に頷く聖奈。それを見てぷっと何故か笑うアオ
「お姉さん、素直な反応するじゃん、さっきの顔よりそっちのほうがずっといい」
「...どういうことよ」
思わず、不機嫌な顔になる聖奈。
「張り付けたような笑顔でしっぽふってるより、そっちの方が魅力的ってこと」
その時、アオのスマホがブルブルと振動し出した。
「あ、やべ。時間だったわ」
アオはiQOSを灰皿に捨てると、立ち上がる。
「ま、気が向いたら次は店にも来てよ、仕事の愚痴なら聞くよ」
「...聖奈」
「え?」
「あたしの名前は、安武聖奈。お姉さんでもないから。一度しか言わないから」
まるで挑発するように微笑む。
内心、強がりながら。
レシートを取ろうとしたアオの指から、すっとそれを抜き取る聖奈。
不敵に微笑む
「ま、稼いでますので。今度はいっぱい奢ってね♪」
はいはい、お嬢様とばかり微笑むと、軽く会釈をしてアオはスマホを見ながら
店を出ていった。
聖奈も身支度を整えると、会計を済ませ店を出る。
暫く歩いた後、遠くの街道沿いにアオが見えた。
そして隣にいた人物を見て聖奈は、思わず凍りつく。
アオの相手は三宮リノであった。
彼の”飼い主”は、あのリノだったのだ。