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一方、タクシーの中の聖奈は手に残された「Boy’s Bar Orion アオ」と書かれた真っ黒な名刺を見つめていた。
歳の頃、聖奈と同じ年ぐらいだろうか。
水商売をしているはずなのに、どこかそれっぽくなくてむしろ少し知的な雰囲気もした。
まあ、気のせいか。もう出会うこともないだろうし、と思いつつも丁寧に財布にさっと差し込み、少し自宅まで眠ることにした。
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「ただいまー」
アオが扉を開くと、おかえりーと涼やかな声が聞こえてきた。
靴を脱ぐとすぐ洗面所に行き手洗いとうがいをする。
洗面所には女の派手なブラとショーツと男物のボクサーパンツが雑に干してあったが、アオはまるで気にすることはない。
水道を止め、水垢で汚れた鏡を見ると自分はかなり疲れた顔をしていると思った。やはり今日は飲まされた後に走ったからだろうか。
あの子、戸惑った顔でそれでも自分についてきたあの若い子の表情を思い出そうとしても、もうすっかり頭から抜けてしまった。
でもあの時の不機嫌そうな瞳だけが頭にこびりついている。
「アオー、コンビニでプリン買ってきてくれた?」
狭いリビングでそう声を掛けるのはなんと、三宮リノである。
暖かそうなジェラードピケの部屋着に身を包んだリノは美容液がたっぷりついたパックをしながら腕や足を銀のシェイプローラーでリンパの流れに沿って忙しそうに動かしている。
美を追求するリノらしい日常だ。
アオはよいこらしょと慣れたようにリノの背後に回ると首すじに、そっとキスをした。
「ごめん、忘れた。でも、リノは今日も綺麗だね」
「ばかー、もう、許してあげる」
リノはにこーっと微笑むとアオを抱きしめた。細身のアオは簡単にリノに押し倒された。
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それは数年前のこと。
栄の大手ホストクラブ、アオことアオイは童顔で接客上手のNo1ホストであった。
毎晩のようアオイのために、常連客であり”太客”と呼ばれる金遣いが荒い女性客たちによって、彼が自分の席に着く時間を奪うために互いに札束を出し高級酒の声が飛び交う。
まるで、競りの様だ。
号令でシャンパンタワーが立ち、彼のためにドンペリやアルマンドロゼの蓋が音を立ててシャンパンサーベルで幾人かのヘルプたちが次々と開いていく。
「アオイー、今日も超カッコいいよー、なんでそんなにかっこいいの?」
上客らしい50代ほどの女性が、黒髪マッシュのアオイに抱きつきながら甘い声をあげる。
その様子を遠くから、怒りの目つきで見つめる瞳。それは既に彼の太客として良きも悪くも有名だったリノの姿だった。
かつて、リノはアオイの客だったのだ。リノは別のホストを呼びヘネパラを注文した。
ヘネシーパラダイス...ホストクラブ内では一本50万ほどする高級ブランデーのひとつである。それを10本入れたのだ。
リノの席にアオイがやってきた、表情は少し呆れ気味だ。
「リノさん、いつもありがたいけど大丈夫なの?俺のために破産しないでー」
「何言ってるの?最初にアオイを見つけて、あたしがNo1にしたのよ。引退記念なのにここで誰かに負けたくないのよ」
マイクパフォーマンスにも力が入る。
「あたしのアオイに近づくやつ、悔しかったらヘネパラ10本入れてご覧なさいよ」
高笑いするリノ。
狂乱の夜が終わり、リノは自宅に戻るとシャワーを浴び出社の準備をする。
冷蔵庫に入れてあるエナジードリンクを一気飲みし、暫くして花束を手一杯に抱えて帰ってきた
アオイを迎え入れた。
ホストを引退する前から、リノは彼をヒモとして家に住まわせていた。それは姉弟のようで、恋人のようで、ペットのようで。
でもそれを表現するなら「リノだけの愛玩物」であった。
「じゃ、ベッドで寝てていいから」
笑顔でリノは告げると、颯爽と家から出ていった。
疲れた顔のアオイは花束をソファーに放り出すと、寝室のベッドに倒れ込む。
そしてスマホを取り出すと、彼自身が決めていた「とある目標」について、数分後に
眠りに着くまで調べ続けたのだった。