NOVEL

彼女がいても関係ない vol.7 ~ボイコット~

先ほどから佐智子への不満が鬱積していた礼子にはもう我慢の限界だった。考えるより先に言葉が口から漏れた。

 

「三村さん、お仕事は適当なのに、男性にはマメなのね」

「山村さん?」

桐生が驚いたように礼子の方へ視線を向ける。

 

「お願いしている件、大丈夫なのかしら?とても大切なお仕事なのだけれど。定時で上がって完成できるの?」

「こんなところでする話じゃ」

止めようとする桐生を佐智子が遮った。

 

「大丈夫ですよ。桐生さん、礼子さんはお仕事熱心だから気に掛けて下さってるんです、ね?」

その声に緊張していた空気が和らいだのをみて海斗が促した。

 

「サチ、行こうか」

「ええ。じゃ、ご馳走様でした」

膝にかけたナフキンを外して佐智子は軽やかに立ち上がる。

 

「礼子さん、お休みなさい」

微笑みかけた佐智子と目を合わせることもせず、礼子はただ唇を噛み締めた。

 

二人が立ち去ってしばらくして、桐生と礼子も店を後にした。

別れ際、タクシー乗り場で桐生が礼子に言葉を掛ける。

 

「仕事、大変でしょうけれど、あまり肩を張らずにね」

 

ストレスで佐智子に辛く当たっているかのように思われたのだろうか。

(若さだけでチヤホヤされて・・ああいう女がいるから!!)

 

タクシーの後部座席で礼子は先ほどから痛み出したこめかみを人差し指で押さえる。身にまとったワンピースが滑稽に思えて、やりきれなさが溢れてくる。

窓の向こうを行き交うヘッドライトが雨も降っていないのに滲んで見えた。

 

 

●しっぺ返し

明けて木曜日。礼子が朝、出社すると佐智子の不在を知らされた。バツが悪いのかとも思ったが、どうやらそうではなさそうだ。そもそも気にやむタイプではないだろう。

となると、ボイコットだろうか?考えてみれば派遣社員が表立って責任を負えるわけがない。結局、困るのは自分なのだ。佐智子を困らせてやろうという企てたこと自体が浅はかだったことに改めて気付く。

 

そして期日の金曜日になっても佐智子は姿を現さなかった。

午後2時過ぎ。礼子のイライラはピークに達している。

 

「・・何かお手伝いしましょうか?」

ひとみが声を掛ける。間に合わないのなら少しでも進めれば・・。

「だめなのよ」

礼子が力無く答える。

 

「大丈夫ですよ。控えのリストを」

「だから、ないのよ!」

「え?だって、メールでリスト、来ていませんでした?」

 

確か、総務の石井部長から連絡が来て新しいリストがメールで来ていたはずだ。礼子と石井とのやりとりを横で聞いていたから間違いはない。