「私、エスカルゴには目がなくて」
運ばれてきた赤ワインを一口含むと佐智子が嬉しそうに告げる。
「それは良かった。遠慮せずどうぞ」
エスカルゴを佐智子がどうやって口に運ぶのか、礼子はそっと窺う。
佐智子は手元のトングを左手で摘むように持ち上げると自然な仕草で桐生に差し出した。
「好物なのに下手なのでお願いできます?」
(・・!!)
礼子が思いつきもしなかった言葉で佐智子は桐生に微笑み掛ける。
「もちろん、良いですよ」
トングを左手で受け取ると、右手に持ったフォークで桐生はエスカルゴを器用に殻から外す。外した実にソースを絡めると皿に載せ、佐智子の方へ差し出した。
「ありがとうございます。美味しそう!」
左手でバゲットを摘むと佐智子はエスカルゴを載せ、そのまま頬張った。
「ん〜最高!」
佐智子の口元にオリーブオイルが滲む。その様を見て桐生が目を細めた。
「もうひとつ、どうです?」
「お願いします!礼子さんは食べないんですかぁ?」
佐智子に訊ねられ、礼子は口を開く。
「私、貝は苦手だから」
(・・!しまった!)
つい対抗心からそう言って礼子は桐生の方を見た。
「そうでしたか。申し訳ない、何か他のものを取りましょう」
「あ、いえ。本当に食欲がないので」
それ以上取り繕うことも出来ず、礼子は黙り込んだ。
赤ワインの入ったグラスを手に佐智子が語り出す。
「エスカルゴってローマ時代から食べられているそうですよ」
「へぇ、そうなの?」
桐生が相槌を打つ。