「そうなんですけどぉ、お仕事が終わらないみたいで」
柔らかに響く声で佐智子が答える。声だけでなく、立ち姿からもオフィスとは全く違うどこか妖艶な香りが漂う。
他の席の男性客はもちろん、ギャルソンやソムリエたちも目の端で佐智子を見ているのが分かる。礼子は視線を向ける代わりに軽く下唇を噛み締めた。
「よかったら掛けませんか?」
桐生が佐智子を誘う。
「嬉しい。でもお邪魔じゃありません?」
小首を傾げながら佐智子が礼子を、そして桐生を見た。
「そんなことありませんよ。山村さん良いかな?」
桐生が礼子の方へ視線を向けながら微笑んだ。
「・・はい、もちろんです」
礼子は小さな声でそう返事を返した。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
桐生が左手を小さく上げてギャルソンを呼び寄せる。
「こちらの方の席を」
「はい、畏まりました」
ギャルソンが恭しく礼をして素早く席を整える。
「ありがとう」
引かれた椅子に優雅に腰掛けると佐智子は一際艶やかな笑顔を作った。
「飲み物は?」
桐生に訊ねられ佐智子はテーブルに視線を移す。控えていたソムリエに笑顔を向けるとこう囁いた。
「コトー・ブルギニョンを戴けるかしら」
「はい、ご用意いたします」
「お、なかなか通ですね」
桐生が嬉しそうに言葉を発する。