「派遣だけど秘書扱いらしいわよ」
百合子が炭酸水の入ったグラスを口に運びながら答える。
「秘書なら秘書室に居れば良いと思いません?ねぇ、礼子さん」
百合子に言葉を向けられ、礼子はぶっきらぼうに応じた。
「そうね。同じフロアに私服で居られると規律が乱れるわね」
島坂が佐智子と付き合い始めたらしい、という噂が出て以来、礼子は機嫌の悪さを隠そうともしない。
先達てのランチ以降、帰りが同じだったとか、休日に連れ立って映画館に居ただとか、いろいろな話が耳に入ってくる。
社内での様子を見ても、親密なのは見て取れた。
そこに桐生の着任と珠莉の登場で、礼子の機嫌はますます宜しくない。
「でもあくまでも秘書ですよね?別に恋人って訳じゃないですし」
乃亜が無邪気を装って言葉を続ける。
「桐生部長とお付き合いできるチャンスは誰にでもありますよね!」
「・・あなたでもってこと?」
くぐもった不機嫌な声が礼子から発せられ、乃亜は顔色を変えた。
「いえ、そんなつもりは・・」
「仕事も半人前のくせに言うことだけは一人前なのね。どういうつもりなのかしら?」
感情の読み取れない低い声が響く。
「・・ひどい・・」
半人前と言い捨てられて乃亜は瞳に涙を潤ませる。
「いつまでも学生気分じゃ困るのよ」
礼子の言葉に乃亜は無言で席を離れる。
「あらあら、お子さまには厳しかったんじゃないですか?」
百合子がどこか楽しげに口を挟む。
「・・あなたも人のことをとやかく言える立場ではないでしょう?」
自分に矛先が向けられると思っていなかった百合子は少し動揺しながら答える。
「いやだわ、礼子さん。私にまでそんな・・」
「あなたには品性が足りないのよ」
抑揚のない声。礼子がかなり憤慨しているのが分かる。
すぐにはその理由が思い付かず、百合子は狼狽えた。
(どこで間違えたのだろう?)
仕事の上で礼子とトラブルになると後々面倒だ。
そんな百合子を尻目に礼子はひとみにも視線を向ける。
「呑気にしている場合でもないでしょう?ぼんやりしていると足元を掬(すく)われるわよ」
吐き捨てるようにそう言うと、礼子はトレイを持って席を立つ。